RSS

私と柔道、そしてフランス… -「第三十四話 イギリスでの新しい生活の始まり」 -

【安 本 總 一】
早大柔道部OB
フランス在住
私と柔道、そしてフランス…
2019年1月3日

「第三十四話 イギリスでの新しい生活の始まり 」

 1966年4月、ロンドンに思い切って移住しました。

 その頃のロンドンは「スウィンギング・ロンドン(Swinging London)」旋風の真っ只中にありました。それまではパリがモードやカルチャーの中心でしたが、ビートルズ登場の頃から、ロンドンが若者文化、ストリート・ファッションの震源地として開花、世界のポップカルチャーの中心地になりました。「スウィンギング・ロンドン」とは、1960年代のロンドンに巻き起こったこの現象を表した言葉です。

 「ビートルス」、「カーナビー・ストリート」、「ミニ・スカート」、「ツイッギー(注1)」、ヒッピー」などのキー・ワードを思い出します。これが音楽、映画(007等)、サイケデリック・アート、デザイン、文学、建築などに大きな影響を与え、「ヨーロッパ式文化革命」の様相を呈していました。

 また、この年の7月、フットボールのワールドカップで、イングランドが初めて優勝、国中が湧きに湧きました。“国中が一つになる強さ”を改めて認識したイギリス人ですが、この意識も「スウィンギング・ロンドン」を強力に後押ししたようですし、元々保守的だった人々もこの流れに呑まれて、最後は魅了されていった、と言われています。

 ロンドンの4月というと、しばらく姿を見せなかったお日様が顔を見せるようになり、公園の芝生は、日光浴を楽しむロンドンっ子で埋まります。

 そのような公園の一つでロンドンの南端にあるクラッパム・コモン(Clapham Common)という公園の近く、写真のようなイギリスの典型的な庶民住宅「一棟二軒住宅(Semi Detached House)(注2)」に、シュミット(SCHMIDT)さん夫妻とエールフランスに勤めるお嬢さんの三人が暮していました。そこに、私は約一年間下宿したのです。

典型的な「一棟二軒住宅」
【典型的な「一棟二軒住宅」のモデルハウス】

  前述のように、この家族は前大戦中にドイツから亡命してきたユダヤ人家族で、イギリスに定住させてもらうためには、絶対に問題を起こしてはならず、ただひたすらひっそりと暮してきたといった雰囲気でした。ですから、イギリスにとっては敵国人であった私のイギリス滞在資格・滞在許可を確認するにあたって、とても慎重だったことを思い出します。その一方で、私を息子のように可愛がり、世話をしてくれました。

  このロンドン移住の目的は英語研修でしたので、直ちに下宿から30分程の、ピカディリー・サーカスに近い語学学校、パートニー・カレッジに通い始めました。さらに、将来必須と想定される英文タイプの習得のために、同校のタイピスト養成教室にも登録、10数名の女性と肩を並べて、不器用な指でキーを打っていました。

 留学生活の糧となる柔道指導については、その時点では、具体的な話はありませんでしたが、渡辺喜三郎先輩と先輩に紹介してもらった伝説的な親日柔道家の トレヴァー・レゲット(Trevor LEGGETT) 先生からは貴重な情報を随時流してもらっていました。

渡辺喜三郎先輩
【渡辺喜三郎先輩】

  日本では“イギリス柔道”は余り話題になりませんが、ヨーロッパに柔道の灯をつけたのはイギリスだと、私は思っています。イギリス柔道の歴史は古く、“イギリス柔道の父”と称された小泉軍治先生がヨーロッパで最も古い柔道クラブ「BUDOKWAI」を設立したのは1918年でした。ちなみに、フランス最初の柔道クラブ「フランス柔術クラブ」が正式に認められたのが1936年です。

小泉軍治先生
【小泉軍治先生】

  また、“フランス柔道の父”と呼ばれている川石造酒之助先生は、1931年から1935年までロンドンに在住し、イギリス柔道構築のために小泉先生に協力していました。川石先生は外国人向けの新しい柔道の指導方法をフランスで施行しましたが、基礎的な考え方は長い間「BUDOKWAI」で検討していたもので、それを体系化してフランスで普及させたようです。

  レゲット先生は元外交官で、当時、BBC(英国放送協会)の日本語部長を務めていて、彼自身が創設した「RENSHUDEN」、及び 「BUDOKWAI」 で元気に若者と稽古していました。また、日本将棋連盟認定五段でもあり、その他、書家、著述家、翻訳家としても著名で、日英文化の交流に全力を尽くしました。1965年~1979年の国際柔道連盟会長を務めた チャールス・パーマー(Charles PALMER)氏 の師匠でもありました。

レゲット先生と大山名人との対局
【レゲット先生と大山名人との対局】

(注1)
ツイッギー:「スウィンギング・ロンドン」の「顔」とみなされたモデル。その華奢な体型から「ツイッギー」(小枝)の愛称を得て、世界的な知名度と人気を得た。

(注2)
一棟二軒住宅(Semi Detached House):外観は一軒の家を半分に割ったような左右対称の間取りになっている「二世帯住宅」のことを指す。入居世帯の玄関も庭も別々になっている。

次回は「第三十五話 柔道の指導先も見つかり...」です。


筆者近影

【安 本 總 一】
現在




▲ページ上部へ


ページトップへ