私と柔道、そしてフランス… -「第三十三話 イギリスへの移住を決めました」 -
早大柔道部OB
フランス在住
「第三十三話 イギリスへの移住を決めました」
手術後の厳しいリハビリの結果、乱取の調子も徐々に上がってきて、柔道を続行できる自信が湧いてきました。と同時に、英語習得のためにイギリスに移住したいという気持ちも強くなっていました。しかし、この時点では柔道で私を招聘してくれるところなどなく、そのままであれば数ヶ月で干上がることは明らかでした。
ただ、学生時代には、なるべく両親に金銭面で負担をかけないために、タイトな時間をやりくりしながら色々なアルバイトで汗をかいていましたので、未知の国でも、皿洗いでも何でもして凌ぐ自信はありました。
「英国に渡ってしまえばなんとかなるさ!」と自分に言い聞かせながら、準備を始めました。
そのころは、エールフランス・シャンゼリゼ・オフィスに行くと一週間遅れの日本の新聞を自由に読むことができるので、そこにちょくちょく通っていました。その日本人応接室の責任者・富永雅之さんにはいろいろ相談に乗ってもらってもいました。その彼から 貴重なアドヴァイスを受けたのです。
「国際ビジネスに係わる準備のための渡英計画にはもろ手を挙げて賛成だが、何の準備もなく、突然に移住するなどは無謀!一度下見に行ってらっしゃい!」というものです。
富永さんの助言を受け、1965年12月、年末休暇を利用して、ロンドンに下見に行くことにしました。
富永さんには、ロンドンでの相談相手として、エールフランス勤務の五月女玲子さんを紹介してもらいました。また、富賀見先輩には、イギリス柔道界で活躍する名指導者・渡辺喜三郎先輩(中央大学卒、1959年の全日本柔道選手権3位)を。
その頃はもちろん「英仏海峡トンネル」などはなく、イギリスに行くには、「ドーバー海峡フェリー」か「エールフランス/BOAC」の飛行機が主流でした。しかし、そのどちらも私にとっては高価でしたので、パリの北70キロにあるボーヴェ空港とロンドン近郊の小空港を小さな双発のプロペラ機で結ぶ空路を、使うことにしました。
この旅が私にとって生れて初めての「空の旅」でした。日本を出てから2年後のことです。飛行機が滑走を始めた時の模様を、実況放送のように手紙にしたためて両親に送ったことをはっきり覚えています。飛行機が機体を震わせて全速力で助走するのですが、小さな機体なので小窓から滑走路がすぐそこに見え、スピード感が増して、離陸、上昇、水平状態に移るまで、言うに言われない感激と恐怖が入り混じった、忘れ難いシーンでした。
午後3時ごろ着いたロンドンは小雨模様。すでに薄暗く、街全体が闇に沈んでいてこの上なく陰気臭い雰囲気に「こんなところに住まわなければならないのか?」と後悔し始めました。
しかし、せめても明るいところで夕食を、と思い、中心街ピカディリー・サーカス(注1)に出てみました。そして、最初に目に入ったファースト・フード店「Wimpy」で”ハンバーガー”を生まれて初めて食べてみたのです。「旨い!」と、思わず3つも食べてしまいました。と同時に、さきほどの後悔の念も吹っ飛んでしまいました。私も単純だったのです!
1960年代は、正面の「McDonald's」の場所に「Wimpy」がありました。
翌朝、前述の五月女さんを訪ねたところ、イギリスの生活について細かく話してくれた上に、同僚の女性を紹介してくれました。彼女の両親が下宿人を探しているとのことで、その日の午後、そのお宅を訪ねました。
この一家はユダヤ系イギリス人で、第二次世界大戦中、ゲシュタポに追われて亡命して来たとのことで、こじんまりした家にひっそりと暮らしていました。小さな部屋を朝夕食付で、額は忘れましたが、破格の条件で受け入れてくれるというのです。これで住まいは確保できました。
さらに、夕方にはイギリスの柔道の殿堂「BUDOKWAI」に赴き、1962年来指導されている 渡辺喜三郎先輩を訪ねました。先輩の姿は日本で見慣れていましたが、お話するのは初めてでした。
先輩は左右の技を同等に使いこなす“稀代の業師”として、その美しく力強い柔道で、日本では勿論、イギリスのみならずヨーロッパ中の柔道界を魅了していました。また、先輩は10人掛け試合が得意で、毎回10人それぞれを異なった技で処理(!?)することでも有名でした。
にこやかな表情で現れた先輩に、私がイギリスで柔道の指導をしながら勉強したいと伝えると、予想通り「柔道着に着替えなさい」と言われました。そして、ヨーロッパ選手権大会などで活躍している レイ・ロス(Ray ROSS)選手をはじめ、何人かと乱取をさせられました。
その結果、「できるだけ早くロンドンにいらっしゃい。協力しますよ!」との嬉しい言葉をもらいました。この瞬間、イギリスに移る決心が固まりました。
(注1)
サーカス:多くの通りの集まる交差点。
次回は「第三十四話 イギリスでの新しい生活の始まり」です。
【安 本 總 一】 現在 |
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