私と柔道、そしてフランス… - 第七十三話 君子危うきに近寄らず -
早大柔道部OB
フランス在住
- 第七十三話 君子危うきに近寄らず -
「我々は、日本でミスを犯しました」は、マーケティングのエクスパートとして自信を持って日本市場開拓に挑戦したレヴィー副社長の言葉だっただけに、反響は大きかったようです。
この冒頭の「ミス」というのは、合弁会社「㈱ロレコス」設立の際に、小売店への直接ルートはコーセーに任したものの、問屋ルートは山陽スコットに、それも総代理店として遇したこと。その上、コーセーに対してはなかった仕切値に対して20%の割引まで、コーセーと相談せずに与えてしまったことを指しています。当然、これによって、それまでのロレアル/コーセーの信頼関係が一挙に崩れてしまったのです。
結局、コーセーの猛反発を受けて、ロレアルはスコットとの契約破棄に追い込まれ、多額の遺失利益の保障などで、ロレコスの経営状態はかなり逼迫していました。
来日していた新任のアジア担当ディレクターによると、パリの若いエリート社員の間では、副社長の演説以来、“君子危うきに近寄らず” という風潮が流れているとのことでした。それまで、人が羨むほど嘱望されていたポストが、こうしてあっという間に、危険な場所になったのです。
ディレクターは「しばらくは誰も送れないので、後をよろしく」と言ってパリに帰ってしまいました。この“しばらく”は、なんと約4年間続くことになります。
新しい局面に立たされた私は、とりあえずコーセー本体の小林禮治郎専務と設立間もない(株)コーセーコスメタリー(注1)の佐野堅治常務(注2)に会い、協力を要請しました。
二人からは、非常に前向きの反応があり、特に専務は、近い将来、群馬にロレアル製品製造を中心にした最新式の工場建造計画を吐露し、ロレアルに対する期待の大きさを披露してくれました。
また、佐野常務からは、「長らく高級化粧品を手掛けてきたので、一般品については不案内であり、ロレアルについても無知で戸惑っている!」との心内を明かされました。
そこで、私は常務に「フランスにロレアルの勉強に行きませんか?」と問いかけてみました。すると、「それはありがたい!是非!」と雰囲気は一転、最後は破顔一笑「頑張るよ!」
“善は急げ”とばかり、数ヶ月後、二人はパリにいました。数日間、本社でレクチャーを受けた後、パリとロンドンの市内・近郊の化粧品店・薬局・スーパー・ハイパーなどを案内しました。合間には、もちろん観光も。
日本で発売した「エルセーヴ・バルサム・シャンプー」が、ハイパー(注3)では壁を作るが如く並べられているのを見て、度肝を抜かれていました。これだけで、ロレアルのとてつもない強さ・大きさを感じ取ってもらえたようです。
帰国すると、今度は常務が私を誘って一緒に各地の問屋訪問となりました。
(注1)
コーセーコスメタリー :全国66問屋からの注文を受けるために設けられた「パブリック部門」を、コーセーが100%出資して、発展的に別会社として設立した会社。コスメティックの“コスメ”とトイレッタリーの“タリー” を合わせて“コスメタリー”としたもので、“化粧品”を意識した“トイレタリー製品”を指す。
(注2)
佐野堅治常務:それまでは、コーセー傘下の高級化粧品会社・アルビオン化粧品の営業本部長を務めていた。
(注3)
ハイパー:売り場面積2500m²以上で、食品・雑貨・住関連用品などのセルフサービス業態。
次回は「第七十四話 ロレアルの“機を見るに敏”」です。
【安 本 總 一】 現在 |
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