－ 第六十六話 問題多発 ！ －

　コーセーとの関係改善役を仰せつかった私は直ちにコーセーを訪れました。

　面会したのは、１９６９年以来コーセーが手掛けているロレアル高級化粧品部門の「ランコーム」部長・大野氏と外国部長の鶴巻氏でした。大野氏はロレコス問題のコーセー側代表者も兼務していました。

　二人とも長らくロレアルに係わってきたので、ロレアルの世界戦略についても熟知していて、ロレアルの一般品市場への参入計画も、頭ではよく理解していたということでした。

　ところが、コーセーがこの計画に正式に反対を表明した後、ロレアルはスコットと代理店契約を結びましたが、そのとき、まさかの優遇条件をスコットに与えていたのです。コーセーはそれを知って激怒したのです。当然でした。

　まさかの優遇条件というのは、まず、スコットをロレアルの日本に於ける「総代理店」とした上、仕切値に対して「２０％の割引」まで与えたのです。こんな条件はコーセーに対しては一度も提示していなかったことです。

　前日、ヴィリエ専務と打ち合わせた際、このことについては言及がなかったので、直ちに帰社して専務に問いただしました。彼が大変恐縮しながら言ったのは次のような説明でした。

　「同じ割引をコーセーに与える方向でパリ本社と調整中で、まだ結論が出てない段階の情報を安本さんに伝えることを躊躇した」。

　結局、その後間もなく、この割引はコーセーにも与えられることになります。

　 その間、ほぼ毎日コーセーに通い、なんとか５月２７日のパーティーには、大幹部の出席は難しいものの、工場関係者を中心にした社員の出席を認めてもらいました。一度与えた不信感を拭い去ることは非常に難しいことをつくづく感じたものでした。

　その翌週だったかに、パーティーのために来日したアジア担当ディレクターの歓迎会がヴィリエ専務宅で行われ、数ヶ月前にコーセーの専務に就任したばかりの小林禮次郎氏（創業者・孝三郎氏の次男、後の二代目社長）に初めて会いました。彼は早大理工学部応用化学科出身ということで、後輩の私に気楽に声をかけてくれました。

　第一声は「安本さん！ 大変なところに来ちゃったね！ 今度ゆっくり話そう！ ハハハ！」でした。彼には何を言われるかと緊張していた私ですが、この第一声ですっかり気が楽になりました。この後、長きに渡って、彼には仕事上でも、プライベートでも大変お世話になりました。

　一方、コーセーの営業部長に挨拶に行った際は、自己紹介する間もなく、のっけから大声で叱られました。「ロレアル製品が一般市場に流れるようになって、コーセーに大きな迷惑がかかっている！」と。

　興奮した部長の説明によると、一つの例として、「業界で著名な岐阜の薬局は、コーセーの最重要顧客のひとつで、ロレアルのヘアスプレー･エルネットを大量陳列してくれていたが、近くの雑貨店に問屋を通してエルネットが入り込み、薬局の向こうを張って、同じく大量陳列を始めた。それはまあ許せるとして、許せないのは１０％引きの安売りをしていることだ。その薬局はロレアル製品の販売をやめた！」とのこと。

　営業部長の怒りは収まらず、さらに「廉売されているロレアル製品を、我々は売り続けることはできない。ロレアル製品をすべて引き上げる！」と言うのです。

　これを隣室にいた小林保清・営業担当常務（創業者・孝三郎氏四男、後の三代目社長）が聞きつけ、とりなしてくれたお陰で部長の興奮は収まりましたが、私としては、残念ながら反論する術もなく、ただただ「これも勉強だ！」と思いながら、聞いているしかありませんでした。

　定価販売をモットーとするコーセーと、小売店の廉売を抑えることができない山陽スコットとに、同じ製品を流せばこういう問題が起こることは、ロレアルも十分に承知していました。しかし、ロレアルはこのような全方位流通を世界中で成功させていたので、日本でも頑固にこの流通政策を堅持していきます。

　一方、山陽スコット（株）との打ち合わせも始まりました。

　こちら、ティッシュ・ペーパーのメーカーはこれまでに男性化粧品・メンネンの総代理店としてある程度結果を出していましたが、新たに世界一の化粧品会社の総代理店になったということで、興奮気味でした。

　３月に、ロレアル製品新発売記念キャンペーンとして、全国６６社の問屋がプロモーションを掛けてかなりの好成績を得たものの、ロレアル製品のような、普及品の２～３倍する高価格商品を買う消費者はまだまだ限られていました。そして、４月に入ると、かなりの数の商品が返品となってスコットの倉庫に滞留し始めました。

　ロレコスとしては「返品は一切受け入れない」方針を打ち出していたため、大きな問題になる兆しを見せていました。

　次回は「第六十七話 パーティー開催」です。