改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第十二話 「第5章 モーターサイ大作戦 2」
女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
⇒ Amazonにて好評販売中。
https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22
梗概
カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの
残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した
数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、
偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。
ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。
メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
カーオはスクンビットのソイ24の近くから高速にのった。
「カーオどこに行くの?」
「ミンブリーのユングのアパート」
カーオは、高速で15分ほど走り、ミンブリーのインターで降りた。
「カーオ、ユングのアパートにペンチある?」
「なんで?」
「こいつの爪をはぐのよ」
クンは乱暴にマイの髪を掴んで顔を持ち上げた。
ユング(蚊)のアパートは、上下4世帯用からなるモルタル造で、
彼女の部屋は一階の奥。カーオとクンはマイを両脇から抱えるようにして
ユングの部屋に運んだ。
「クーラーをつけて、暑いよ」
クンは床にへたり込むようにしてカーオに言った。
クーラーが効いてくるとクンは、立ち上がり冷蔵庫を開けた。
「ほとんど空じゃあない。カーオ、ビールとウイスキーとつまみ買ってきてよ。
ビールを飲みながらじっくりいたぶろうよ。あんたもマイとやりたいんでしょう。
あたしの前で思いきりしていいよ」
クンは財布から千バーツ紙幣を取り出してカーオに渡した。
「わかったよ、今、車を返しに行くからその帰りに買ってくるよ。
俺が帰ってくるまでマイに手を出すなよ。勝手に手を出したら承知しねぇぞ」
カーオが出て行くとクンは部屋の隅に転がされているマイに近づき、
「あたしの前でカーオがあんたを抱いているのを見たら
・・・・・・あたしはきっと狂うかもね。そのぐらいカーオが好き。
あんたが抱かれたあとは覚悟してね。
あんたの爪をはいであそこをペンチでつぶしてやるからね」
クンはそういうとマイの腹や胸を何回も蹴った。
恐怖と痛みでマイの意識は遠のいていった。
(・・・・・・そこを曲がった角がレンタカー屋だったな)
カーオがレンタカー屋に近づくと、その近くにモータサイが止まっていて、
2人の男が立っているのをカーオは見た。
1人の男がカーオの運転している車を見て携帯をとりだした。
カーオは携帯を取り出したその男の顔に見覚えがあった。
(・・・・・・スラム街の男だ)
カーオはアクセルを踏み込み、猛スピードでレンタカー屋の前をとおりすぎた。
「カーオが現れたわ。でも見張っているのがばれて逃げ出したみたい。
やっぱり、ミンブリーの近くのレンタカー屋に現れたわ。
すぐに追いかけましょう」
ニンはそういうと、携帯でプラモートにカーオの現れた位置を知らせた。
プラモートは、カーオを追っている仲間からの電話で、
行く先を他の仲間に携帯で知らせた。
モータサイの運転手はプロだ。余裕でカーオを追いながら
携帯で行く先を知らせた。
2台、3台とスラム街の男が乗ったモータサイが増えてくる。
「くそ、ハエどもがだんだん増えてきた。止まったら最後だ。
くそ、モータサイを使うとは・・・・・・」
カーオは、はき捨てるように言い、河向こうのパパデーン地区に向かった。
そこには、おじが経営しているムエタイ・ボクシングのジムがある。
パパデーンには、あと少しで着く。
(おじに助けてもらおう。 今の時間にはムエタイの選手が
まだたくさん残っているだろう。
おじに言ってこのハエどもを追っ払ってもらおう)
プラモートはカーオの移動方向で目的地が絞れた。
ニンからカーオの実家がパパデーンにあると聞かされていた。
プラモートは、ビッグべアの仲間にパパデーンに集結するように指示し、
残っていたビッグベアの仲間4人を車に乗せて、パパデーンに向かった。
カーオは、おじの経営しているムエタイのジムに着くと
転がるようにして入っていった。
「おじさん、助けて。
今、クロントイのスラム街のごろつきに追われているんだ」
おじと呼ばれた男が窓から外を見ると確かに5~6人の男
がジムの前にいた。
「カーオ、大丈夫だよ。追われているわけはあとで聞く。
かわいい甥っ子に手をださせないよ」
おじは余裕の笑いを浮かべて言った。
「おーい、みんなここに集まれ」
ジムで練習をしていた鍛え抜かれた身体の男たちがおじの周りに集まった。
「今、外にスラム街のごろつきがいる。中に入ってきたら遠慮することはない。
日頃の練習の成果を見せてやれ」
俺は、ジムに到着したのですぐに中に入ろうとすると、
ニンが、
「ビッグベア、木村を抑えて」
ビッグベアが俺を羽交い絞めにして抑えた。
「離せよ」
ニンがすかさず、
「プラモート達が来るのを待ってましょう」
「おじさん、俺、急ぐんだよ。皆で車まで護衛してよ。
それで俺が離れるまであいつらをやっつけていてよ」
「よーし、お前が離れるまでで、いいんだな」
ジムから鍛えぬかれたムエタイの選手がカーオを護衛して出てきた。
10人はいる。カーオの車までは約15メーターくらいだった。
その時、ビッグベアは俺を放った。
ムエタイ選手の防御の輪に突撃した。
一番前にいた男のムエタイ必殺技のひじ打ちを額に受けた。
額から派手に流血したようだ。
ダメージが強そうに見えるが衝撃をわずかにかわした。
プロ格闘家の喉を掴むため、あえて受けたひじ打ちだ。
流血しながらその男の喉を掴み、その横の男にたたきつけた。
喉は弱点で格闘家でも鍛えにくい。二人が崩れ、突破口になり、
防御の輪を切った。
カーオに向かって突進したが、視界に入らなかった回し蹴りを
側頭部に受けて吹っ飛んだ。
ビッグベアが、カーオの車の前に仁王立ちとなっている。
最初にうかつにもビッグベアに近づいた男は、
高々と持ち上げられ放り投げられた。
すると、3人がビッグベアに襲いかかった。
ムエタイの技が通じないビッグベアに3人が組みついた。
その隙にカーオが車に走り寄った時だった。
プラモート率いるスラム街の男達がかけつけた。
ナカジマも一緒だ。ナカジマがパチンコで援護射撃をすぐに始めた。
ムエタイの闘いでは、プラモートは元チャンピオン。
あっという間に2人をKO。
スラムの男たちは、鉄パイプを振り回し、隙をついて、
髪を引っ張り、噛みついたりする。
ナカジマは、ムエタイ選手に容赦なく、パチンコで目を狙い石を放つ。
なんでもありありのリング上にはないルールなしの攻撃だ。
喧嘩は均衡が崩れたとき一方的になる。もちろん勝利の女神は俺たちに味方をした。
思わぬムエタイ選手達の敗退にカーオは、膝を震わしながら立ちすくんでいた。
警察のパトカーの音がどんどん近づいてくる。
どちらが勝利者かわからないほど顔中あざと血だらけの俺は、
カーオをニンのところに引っ張ってきた。
「すいません、許してください。何でもします」カーオは叫んだ。
「そうか・・・・・・あとでケツの穴でもなめてもらおうか」
ニンは俺の品のない発言を完全に無視して
「あなたのやったことは犯罪だわ。でも、今は警察に引き渡さない。
仲間内の喧嘩にしとくわ。自分で自首しなさい。刑が軽減されるわ。
それより、すぐにマイのいるところに案内して」
パトカーで駆けつけた警察官をカーオのおじに任せて、
俺達はユングのアパートに向かった。
パパデーンからは渋滞はなくおよそ30分弱でミンブリーの
ユングのアパートに着いた。
カーオの帰りが遅いので心配していたクンの耳にアパートの前に
車やバイクが止まる音が入ってきた。
クンがそっとドアを開けて外を見ると、カーオが熊のような大男に腕を
取られて車から出てきたところが見えた。
(大変だ、カーオが捕まっている。どうしよう・・・・・・)
クンはキッチンから包丁を取り出しマイのところに近づいて行った。
(こいつさえいなければ良かった・・・・・・)
その時、ドアが開かれビッグベアに連れられてカーオが入ってきた。
そのあとに破壊された顔の俺と美しいニンが続いて入った。
「近づくとこの女の顔に包丁を突き立てるよ」
クンが包丁を振りかざし、目が血走っていて危険な状態だ。
「そんなこと止めなさい。
一生、刑務所に入るわよ。あなたはまだ若いから今なら取返しがきくわ」
ニンは落ち着いてゆっくりと説得した。
「うっせんだよ。このばばぁ」
「なによ、わたしまだ24よ。あんたに、ばばぁって呼ばれるほど老けていないわ」
ニンが怒って外にまで聞こえるような大きな声で言い返した。
「そこのうすらでかい馬鹿みたいなの、状況、わかってんの?早くカーオを離しな」
「ほらばか、わかってんのか。早く離せよ」
カーオはガラリと口調が変わってビッグベアの手をふりほどこうとした。
そのとき、俺は前のめりに倒れた。
俺はそっと背後に近づくナカジマを見逃さなかった。
バタッと前のめりに倒れた俺の後ろから飛んできた石が、
クンの包丁を持つ手にビシッと当たった。クンの手から包丁が落ちた。
次の石がクンの額にあたる。思わずクンは悲鳴を上げた。
すかさず俺はクンを取り押さえた。
「いつまでどこを押さえているの、押さえるのは腕だけでいいのよ」
ニンが俺に言った。
何故か俺は、いつまでもクンにまたがり両手でバストを強く、押さえていた。
カーオの骨の折れる音と悲鳴が部屋に響き渡った。
ビッグベアが薄笑いを浮かべている。
ビッグベアはうすらでかい馬鹿と言われて完全に切れていた。
結局、カーオとクンを警察に引き渡した。
この作戦の総指揮者のニンは警察署に事情を話しに警官と一緒に行った。
しばらくは、カーオとクンは娑婆には出て来られないであろう。
警官がクンのアパートに到着した時、どちらが被害者かわからない状態であった。
警察に引き渡された時、カーオは右腕が折れ、額は俺と同じように大きく切れていた。
クンは額と小指から血を流し、小指の爪がはがれていた。
失神状態の二人であった。
マイは完全に消耗しきっていたが大丈夫だろう。
「プラモート、マイを病院まで連れて行こう」
その翌々日の夕方、スラム街のマイの家に皆が集まった。
とニンとプラモートが果物とお菓子を持ってやってきた。
俺は、元気になったマイに、
「スラムでおでんの屋台をやらないか?俺が屋台の費用は出すよ。
屋台っていくらぐらいする?」
「おでんってなに?」
マイが不思議そうに聞くと、 彩夏が
「ほら、グワイッティヤオに入っている魚のすり身の団子とか玉子とかタコ、
ソーセージを日本のしょうゆスープで煮込むの。
大体、2~3万バーツで道具はそろうかな」
「きっとそれいいよ、やろう。やろう」プンが嬉しそうに言った。
「プンちゃん、ビッグベアやパヌさん達を屋台に呼んで来て。
マイが無事に帰ってきたお祝いをしようって言ってきてよ」
屋台には、もうすっかり友達になったビッグベア達が集まった。
(両手に花ってこんなこと言うんだ)
俺の両隣りには、ニンさんと彩夏さん。
彩夏が、
「ニンさんって、綺麗で日本語が上手なのですね」
「褒めても何もでないですよ。ジャーナリストなのですってね。
どうしてジャーナリストになろうと思ったの」
「大学のジャーナリズム研究会の先輩で、カメラマンになった人がいたの。
その先輩は、ソマリアの内戦やイスラエルの空爆が続く
パレスチナ自治区のガザに行って、戦禍の子供たちの写真を撮っていた」
携帯を取り出して、俺たちに写真を見せてくれた。
それは戦禍に生きる子供たちの写真で、泣いている子、
笑っている子、様々な写真だった。
「2010年4月10日、バンコクで赤シャツの大規模デモがあって、
国軍はデモの参加者に向けて発砲したの。
『暗黒の土曜日』と呼ばれて、死者25人、
800人以上が負傷して、その中に先輩もいた」
俺は驚いて彩夏の顔を見た。
「先輩、巻き込まれて取材中に亡くなった。これが最後の写真」
それは、銃撃を受けて横たわっている父親にすがり、
泣いている女の子の写真だった。
「先輩の遺志を継ぎたい。
カメラマンは無理だけど、書くことならできる。そう思って」
ニンが優しく、
「・・・・・・先輩のことすきだったのですね」
彩夏が悲しく微笑んだ。
「いま、臓器売買の仕組みを追っているの。
タイの農村部やカンボジアの子供たちの臓器が中国に組織的に流れているらしいの。
比較的安全なタイで下調べをして、カンボジアに行こうとタイに来たの」
ニンが顔を振って、
「タイも同じ・・・・・・臓器売買はマフィア絡みで、
政治家や警察もグルになっている。下手に嗅ぎまわると命に関わる。危険すぎるわ」
彩夏は黙ってうなずき、ビールの入ったコップを干した。
俺は二人の肩を抱いて、
「おいおい、暗い話はそのくらいにして。なーんちゃって。がんがんやろうよ」
沈む夕日を見ながら、俺はうたいだした。
ビッグベア達クロントイのスラム街の仲間も、
もう覚えていて一緒に歌った。みんなの顔も夕焼けでまっかかっかだ。
ぎん ぎん ぎら ぎら
夕日が沈む
ぎん ぎん ぎら ぎら
日が沈む
まっかっかっか 空の雲
みんなのお顔もまっかっか
ぎん ぎん ぎら ぎら
日が沈む
(俺が小さかった頃、お袋と妹と手をつないでうたった歌だ。
この歌をうたうと故郷の仙台を思い出す。
親父は行きつけの立ち飲み屋で今ごろ、酒でも飲んでいるのだろうか・・・・・・。
たまには俺のことを思い出しているのだろうか。
お袋はいつも俺に言った。
お金持ちとか、偉くなんかならなくてもいいよ。
人に迷惑をかけず、できたら人に感謝される人間になりなさいってね。
俺は誰かの役に立っているのだろうか・・・・・)
プンがこちらを見てにっこり微笑んだ。
泰田ゆうじ プロフィール 元タイ王国駐在員 著作 スラム街の少女 等 東京都新宿区生まれ |
▲ページ上部へ