改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第六話「第2章 母親マイとの出会い 2」
女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
⇒ Amazonにて好評販売中。
https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22
梗概
カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの
残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した
数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、
偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。
ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。
メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
夜の7時ともなるとタニヤ通りは、店の前にホステスの女の子が並び、
客引きをする。
「いらっしゃいませ」を連呼している女の子達は、
どの子も二十歳前後で肌が露出するユニフォームを着ていて
物色する男達を誘っている。
(明日お客様をどこに連れて行こうかな?
アップンには聞けないし・・・・・・)と迷い、
やはり日本語か英語が通じる高級店に決めた。
タニヤの高級カラオケ店といえば、「マリコポーロ」
「セプテンバー」「ペア」などが有名である。
カラオケ店といっても別にカラオケをするのが目当てではなく、
たいていの日本男性は、ホステスのタイ美人がお目当てだ。
高級カラオケ店は、重要人物も接待できて銀座の高級クラブに
近いイメージだ。
最初にセプテンバークラブに寄ってみた。
建物の5階にありツーリストには入りにくい場所で、
(さすが、駐在員だと思ってくれるだろう)
店のドアを開けると、日本語で「いらっしゃいませ」と小ママが近寄ってきた。
店の中は生演奏のピアノの弾き語りが流れ、
赤の高級絨毯を敷き詰めた重厚間のある中世ヨーロッパ調の雰囲気だ。
ボックス席とカウンター席があり、カウンター席を希望した。
カウンターに座り、
佐々木がキープしたバレンタイン17年の水割りをオーダーした。
小ママがホステスの指名を木村に聞く。
「指名はいますか?」
「オーちゃん」
佐々木に案内された時にあいつが指名したかわいい子だ。
(ざまみろ、佐々木よ、日本で安酒でも飲んでいろ)
「オーちゃんは、今ほかのお客さんの指名が入っていてだめです。
ほかにいますか?」
「オーちゃんはだめなの・・・・・・じゃあ帰ろうかな」
「もうー、こっち来て見て、ほかにかわいい子たくさんいますよ」
小ママにホステスが待機しているところに案内された。
「えーと、4番じゃあなくて12番の子」
12番の子は俺に向かってにっこり笑った。日本語がわかるらしい。
中国人の血が混じっているのだろう肌が白い。顔が小さいがすらっとした鼻と
切れ長のアーモンドアイで軽くウェーブのかかった黒髪は肩の下まで伸びている。
カウンターの木村の隣に座り、水割りを作った。
「クン チュウ アライ クラップ?」 (名前は?)
「ニン カー」 (ニンです)
「アーユ タウライ クラップ?」(何歳? )
「イーシップ シー カー」 (二十四歳です)
(おおー通じた、ざまみろ、アップン)
水割りを2杯飲み、ニンと名乗ったホステスと明後日の夜御飯を
約束してそこを出た。
もう一軒、明日接待する本命のマリコポーロに向かった。
マリコポーロはタニヤ通りに交錯する狭い路地の突き当たりにある。
路地を曲がる時、木村は前から来た店名入りの
白いワンピースを着た女性と目が合った。
なにげなく、女性の持つバッグを見ると、
どこかで見覚えがあるビーズのブローチが飾られている。
角を曲がった木村は、マリコポーロの入口の辺りまで来て、
(あのビーズの飾りは・・・・・・)
急いで通りまで走って行ったが、
さきほどの白いワンピースの美人の姿はなかった。
会員制高級クラブ・マリコポーロは、5階はショウパブのフロワーで
カウンター席やロマンスシートがあり、一人でも楽しめる。6階から8階は、
大小の個室からなるカラオケ部屋がある。
5階のエレベーターを降りると受付があり小ママが客の希望を聞き、
希望に応じて席や部屋に案内をしてくれる。
「お一人ですか?」しっかりした日本語だ。
「一人だよ。明日の予約できる?」
「はい」
「明日4名で9時過、個室ね」
「はい」小ママが予約のノートに記入しながら答える。
「今日はどうします?」
「ちょっとだけ飲もうかな」
「はい、指名の子いますか?」
「いなーい」
「こちらへ、どうぞ」女の子の控室に案内をしてくれた。
控室にはざっと10名程の女の子が色とりどりのドレスを着て待機していた。
「さすがマリコポーロ。レベル高いね。日本語しゃべれる子、手を上げて」
全員が手を上げる。
すばやく全員を見回し、
「うーん、78番」
指名された子は、にっこりと微笑みながら両手を体の前であわせる仕草をして、
さりげなく俺の手をとり個室へ案内してくれた。
部屋には絨毯が敷き詰められカラオケのセットと高級感が漂う
ソファーとテーブルがある。
部屋に入り、しばらくするとボーイさんが水割りのセットと女の子のドリンクと
パパイヤ、マンゴ、スイカが盛りあわされたフルーツのお盆を持ってきた。
出されたノートのボトル番号が記載されているところに
サインする。ボーイさんが出て行って二人となった。
恥ずかしくてよく見ていなかったが78番の女の子は、色白で大きな目をした
日本人に似たなかなかの美人だ。
彼女の名前はヤー(薬)ちゃん。
日本に帰って、タイのヤーさんと友達になったと言ったら皆から恐がられるだろう、
なんてくだらんことを思って、一人でにやりと笑った。
「カラオケする?」俺のタイ語よりかは、はるかに上手な日本語だ。
「ちょっとお話をしたいな」
思いっきりはにかみながら答えた。
(お話をしたいな。なんてかわいい言い方をする俺をみたら、
日本の下衆な仲間は、腹を抱えて笑い死ぬかも知れない)
俺の習いたてのタイ語と彼女のしっかりした日本語はいつの間にか、
タイ語の楽しいレッスンになっていった。
彼女との幸せな時間の中で、ふとスラム街のプンちゃんを思いだした。
先ほどすれ違った白いワンピースの女性を思いだし、
聞いてもわからないだろうと思ったが聞いてみた。
「ヤーちゃん、タニヤで白いワンピースの制服のお店ってどこかわかる?」
「・・・・・・右胸の上に赤いYの刺繍がなかった?」
「そういえば、なにか書いてあったかな」
「それじゃあ大和(やまと)かもしれないよ」
「へーどこにあるの」
「あとで小ママにタニヤの地図をもらいな。どこにお店があるかわかるよ」
マリコポーロを出て、小ママからもらった地図を頼りに大和を探した。
タニヤ通りの真ん中にある建物の5階だった。
店に入ると、すぐに小ママがでてきた。店はカウンター席と大小ボックス席が
7つくらいの大衆店で、ホステスたちは同じ白いワンピースを着ている。
「らっしゃいませ~、ひでりか?」
「ひとりだよ」
「ひでりか」
(そりゃあ、女ひでりだけど、マリコポーロとは品格が違うな)
小ママのミィアオ(猫)は奥のテーブル席に案内した。
テーブル席は半分くらいうまっている。
「この店はじめてか。なに飲む?ドンペリでもいくか?」
ミィアオはニターと笑って言った。
「おっと、いきなりそうくるかドンペリはこの次の時だ。とりあえずビール」
ミィアオはそのまま席に座ってボーイを呼びビールをオーダーした。
「店はじめてね。名前は?」
「キムラだよ」
「キムラはタイ語しゃべれるか?」
「ニィデヨオ(少し)」
「おっ、やるね。キムラはいつタイ来た」
(しまった。佐々木から自分の名前をタイ人に伝えるときは、
自分の名前のあとに「さん」を付けろ。そうでないと、
ずっと呼び捨てにされて不愉快な思いをするって言われたのを忘れていた)
店内を見回しながら注がれたビールを一気に飲み干し、
煙草を取り出し一本くわえると小ママが火を点けた。
先程通りですれ違った女性が奥のテーブルで日本人の客に付いている。
「俺のほんとの名前はキムラサン。あそこの席の娘、
ちょっとだけ呼べないかな?」
「キムラサンさんあの娘いまお客いるよ、見えないか」
マネークリップから500バーツを抜いてミィアオの手に素早く握らせた。
ミィアオは、素早く立ち上がり木村が指名した女性のところに行き、
その子の替りに席に着いた。
「サワディー カー」(こんばんは)
その女性は、間近で見るとブンちゃんとそっくりな大きな瞳と
ちょっとふっくらとしたかわいらしい口元だ。
「チュウ アライ クラップ?」(名前は?)
「マイ カー」(マイ(繭)です)
木村がマイに矢継早に質問をすると慣れた調子で質問に答えた。
「年は24歳。イサーン(東北地方)出身で母親と姉が一人。
父親は3歳の時に病死。母親が病気で、働いたお金はほとんど田舎に仕送り」
マイの目をじっと見て、プンってクロントイに住む女の子を知らないかと尋ねた。
「マイ ルージャック(知らない)」
「チングチング ロー?(ほんとに?)」
マイはその黒い瞳をそらしている。
「カイ タイ レーオ、ロット チョン カイ クラップ
(カイは車にぶつかって死んだ)」
「クン プー ゴーホック チャイ マイ?(嘘じゃないの?)」
マイは驚きの表情で俺に言った。
「チングチング クラップ(本当だよ)」
葬儀の写真を見せると、大きな目から涙があふれ、
「カイ ペン ルークシャイ(カイは息子です)と答えた。
ボーイに手を上げて連れ出し料金を聞くと、800バーツと答えた。
800バーツを支払い、マイを連れ出し、
タニヤ通りにあるラーメン屋に入った。ラーメンを二人分、注文した。
カイは、日本人客を相手にしているので多少の日本語が喋れた。
ピンクのハンカチをポーチから取り出し、涙をふきながら、話し出した。
カイとプンをおいて出たのはお金を貯め、スラム街から一緒に出ようと思ったから。
最初は毎日、子供の顔を見に行った。でもいつの間にか
スラム街に行けなくなってしまった。
一日行かないと二日行かなくなり、三日行かないともう行けなくなってしまった。
時々、メッセンジャー(使い走り)にお金を渡してスラム街に届けてもらった。
毎日、毎日、子供のことを思って暮らしていた。
多分そんなことを言ったのだろう。マイの涙は止まらなかった。
(こんなに早くプンの母親が見つかるとは思ってもみなかった。
たぶん死んだカイが道案内をしてくれたのだろう)
「ラーメン、冷めないうちに食べよう」
マイに箸をとってやった。
店から出た時に、
「プンのところに行ってやれ」
3000バーツをマネークリップから抜き、マイに渡した。
マイと別れて、彩夏の名刺を取り出し、携帯を掛けた。
「もしもし、木村です・・・・・・プンのお母さんと会いました。
会いに帰るって・・・・・・ええ、じゃあ、また」
泰田ゆうじ プロフィール 元タイ王国駐在員 著作 スラム街の少女 等 東京都新宿区生まれ |
▲ページ上部へ