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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第一話 プロローグ

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

プロローグ

飛行機はタイ王国の国際空港に夜の11時に着陸した。
タラップに立つと、熱帯のムッとする空気に全身が包まれた。
「熱いなぁ・・・・・・」
初めて来たこの国で最初に発した、まったく感動的でない言葉だ。
タラップを降り、5分くらいバスに乗り、空港施設に到着した。
ちょいと、ネクタイを緩め、空港施設内を他の乗客の流れに 乗ってイミグレーションに向かった。
イミグレーションに向かう途中で見つけた喫煙室に迷わず入る。
機内で煙草を我慢していた連中の煙で、中はもうもうとして、
みんな、他人の煙草の煙も一緒に吸っているようだ。
ラークを取り出し愛用のジッポーで火を点ける。
煙草に火を点ける時はオイルライターと決めている。
ライターの蓋を開けた時のカチンという音、オイルのボッと燃える 臭いが百円ライターと違っていい。

木村譲、33歳。ちょっとしたことに僅かな喜びを感じる能天気な男だ。
煙を吐き出し、苦手な飛行機と不気味な男から解放され、
切れ長の眼に安堵が広がる。顔立ちはやさしい印象だが
良く見ると唇の上、額に傷がある。
彼は飛行機がかなり苦手だ。  
成田を出て直ぐに飛行機は台風の影響でかなり揺れ、  
機体がジェットコースターの様に一瞬急下降した時、
木村は「ギャー」と声高の悲鳴をあげ、隣の見ず知らずの
白人の手を握ってしまった。
すぐに手を離したが、その白人から恋人を見るような目で見つめられ、
手を握り返された。 思わず殴ってやろうかと思った木村だが、
プロレスラーのような太い腕を見て「ノー ノー ノー オカマ」
と手を振ってニコッと笑った。

(微笑みの国タイか、いよいよタイの駐在員生活の始まりだな・・・・・・)
煙草を吸いながら、会社の仲間が開いてくれた壮行会を思いだした。
バンコクに駐在経験のある先輩が酔って、
「タイの国際空港は涙の国際空港と言われているのを知っとるか木村。
いろんなことが空港では起こり、いろんな涙があの床に落ちている。
こんなことがあったそうだ。
三年程、住んでいた独身の駐在員が帰国する時に、タイのカラオケクラブに
勤めていた恋人が一緒に送ってきたそうだ。出発の時間が近づき、
男が最後の別れを告げ、イミグレーションに向かおうとしたら、
「彼女がちょっとパスポートを見せて」って言ったそうだ。
パスポートを手にしてどうしたと思う。
鞄に隠してあった鋏を取り出して「帰らないで」ってパスポートを
泣きながら切り出したそうだ。
その男、パスポートを八つ裂きにされて帰国が二週間、遅れたってさ」
「その男って・・・・・・先輩のことじゃあないですか。
先輩の帰国が遅れたって誰か言っていましたよ」
すかさず言ったが、昔から都合の悪いことは無視する先輩は笑いながら続けた。
「帰国する時に付き合っていたタイの女の子には一年につき、
10万バーツの手切れ金を渡していくのが常識だ。お前よく覚えておけよ。
ある男が手切れ金を渡さず女に内緒で帰国しようとしたそうだ。
女は店に飲みに来た駐在員仲間からその男の帰国情報を聞いたらしく、
空港で女はその男を待伏せし、なんと背中を刺したそうだ。恐いだろう。
まあ、たいていは、空港には帰国する日本人駐在員と
その家族を送るために集まった人達の輪がある。
そして、柱の影にはその輪に入れないタイ人の恋人がいる。
そっと送る彼女の目から幾筋の涙が頬に伝わる。
というわけで涙の国際空港ってとこだ」
「先輩、柄にもなく、きれいにまとめましたね、気をつけますよ」
「それにしてもおまえをタイの駐在員にするなんて
虎を野に放つようなものだよな。うちの人事は何もわかっていないよな」
「確かにうちの人事はわかっていないですね。
先輩もタイの駐在にしたことだし」

先輩の話を思い出しながら、煙草を消してイミグレーションに向かった。

数年後、帰国する時の空港が涙の大合唱になるとは
今は知る由もない木村である。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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