2015/06/24
第18話 平和主義国、日本
世界でもまれな日本の平和政策
第2次大戦では軍国主義に走ってしまった日本は、戦後は一転して平和憲法のもとで戦争放棄を宣言し、ひたすら平和主義の道を歩んできた。平和を国是とし、それを実現するために日米安保条約を整備しつつ、自らの行動は様々な政策によって縛ってきた。
その主なものは、非核三原則、専守防衛、武器輸出三原則などがある。すなわち、核兵器を持たず、造らず、持ち込ませずの政策を堅持してきたし、専守防衛だから弾道ミサイル、戦略爆撃機、航空母艦などの攻撃的兵器は持たず、また、防衛費も国民総生産(GDP)のほぼ1%に抑えてきた。
国論が二分されるほどの議論を経て国会で採択された国連の平和維持活動に協力するための法律(PKO法)によって自衛隊の海外派遣が可能になったが、この法律でも自衛隊が戦闘に巻き込まれないために厳格な5原則をつくって自らの行動を厳しく規制した。
イラクの復興を支援するための特別措置法においても、イラクにおける自衛隊の活動を真に民生支援に限定するため詳細な規定を定めた。他国が戦闘部隊を派遣する中で、国際的には軍隊と見られている自衛隊が、一発の弾丸も発せず、一人の人も殺さず、ひたすら安全な水の供給、民間のインフラ整備、医療支援に徹して帰ってきた。こんなことは世界が驚嘆するほどで、イラクだけでなく、他国からも高く評価されたのである。
日本は、自分の行動を縛るだけでなく、国連などの国際的な場で戦後ずっと平和外交を推進してきた。その良い例として、国連総会における核廃絶決議がある。
核兵器を究極的に廃絶しようという日本の呼びかけは当初核保有国であるすべての常任理事国から強い反対にあった。日米安保条約に基づいて日本に核の傘を提供するアメリカも強く反対した。
しかし、日本は核兵器は究極的に廃絶されるべきと主張し、多くの国々に働きかけて国連総会で決議を採択させた。日本の主導により、20年余り継続して核廃絶決議を成立させてきたが、今や多くの国が日本の考えを支持している。
世界で唯一の被爆国として日本は幅広い活動を展開してきたが、核兵器に限らず、通常兵器や化学兵器を含む大量破壊兵器の軍縮や不拡散に向けて多くの国と協力して決議や条約の成立に貢献してきた。
日本人自身があまり知らないのは残念だが、国際社会では日本が平和主義外交を積極的に進めていることが広く認知されているのである。これは、外交面における日本のブランドと言ってよいほどである。
日本人の平和意識
世界を見ると、戦争や紛争が絶えない。世界大戦を含めたくさんの悲劇的な戦いを繰り返してきたので、もう絶対戦争は止めようという気持ちはだれにもある筈だが、いつまでたっても戦争は続く。米ソ二超大国による冷戦時代が終わった後はむしろ地域的な紛争や民族間の抗争が増えている。イスラエルとパレスチナも何十年にわたり同じ殺し合いを繰り返してやまない。多くの国が軍事力強化に走る中でも日本はこれまで平和外交を進めてきた。
自らの行動を縛って非軍事に徹底しようとする日本の活動は世界ではまれな例である。防衛力強化を主張する国内の論者は、これを「核アレルギー」とか「島国の平和ボケ」と批判することもあるほどだ。
私は、日本人はもともと争いを好まない気持ちが他国の人々以上に強いと思う。だから、軍の指導者に引っ張られて戦争の道に入ってしまい、最後は米軍の空襲や原爆投下によって国土が焦土と化したことを悔やむ気持ちは非常に強く、これが世界にも珍しいほどの平和主義政策が支持されてきた背景にあると思う。
安倍政権が推進する憲法改正や集団的自衛権の行使容認について、いまでも反対や消極的姿勢が国民の過半数に見られるのは、このような日本人の気持ちの反映だろう。
国際社会の現実を直視する必要はあるが、どの程度まで防衛力を強化すべきかの観点からは、日本のこのような平和主義志向は必ずしも悪いことではないとも思われる。
曲がり角にきたか、日本の平和外交
もちろん、国の防衛は世界情勢の変化と無関係ではいられない。日本を取り巻く安全保障の環境が近年大きく変化している。
北朝鮮はつとにミサイルや核兵器を開発して周辺国に脅威を与えている。何より懸念されるのは、中国が経済力を背景に継続的に軍事力を強め、最近は周辺国の反対を意に介せずアジア太平洋地域で軍事的プレゼンスを強化していることがある。
さらに、我が国の安全保障はアジア太平洋地域だけに限らず、中東、アフリカ、インド洋における海賊や難民の流出、武器密輸、「イスラム国」などの過激派武装勢力の活動などからも影響を受ける状態になった。どこにいても世界は安心だというわけにはいかなくなっている。
だから、防衛体制を整備する必要がある。我が国は軍事大国にならないことを誓っているのだから、先ずは、日米安保体制を強化することが合理的である。しかし、自国を守るのにすべてアメリカ任せにはできないから、日本も応分の努力をしてアメリカと協力して自国を守らざるを得ない。
安倍首相は、そうした見地から次々と新しい政策を実施しつつある。まず、集団自衛権行使を可能にして、日本を守ろうとする米軍が攻撃を受けたときは日本に対する攻撃とみなして自衛隊が米軍を助けることができるようにした。
アジア太平洋以外の地域でも日本にも重大な影響を及ぼす事態が生じたときには、日本も自衛隊などを派遣して他の国と協力してこれに対処することを目指して必要な法律をつくろうとしている。武器輸出三原則も改定して、一定の条件のもとで他国と防衛装備の共同開発や装備の海外移転を可能にした。
安倍政権は「積極平和主義」を唱えつつ実態的には安全保障面での日本の行動をこれまでよりずっと積極的なものにさせようとしているように見える。この新しい防衛政策が意味することは、自衛隊の活動範囲が地理的に大幅に拡げられ、自衛隊の国際的役割がかなり大きくなることである。
こうなると、自衛隊や日本国内の基地などが他国から攻撃される蓋然性は相当程度高くなる。防衛装備の開発や輸出も国内外の防衛産業の後押しでさらに拡大されそうだ。軍備増強は殆ど必然的に拡大していく。
朝鮮半島や中国の動向を見るに、集団的自衛権の行使容認は理解できるとしても、どこまで実態的に自衛隊の活動を認めるかによって、日本への影響はかなり違ってくる。
これまでは戦闘行為を避け、後方支援のみに限定してきた自衛隊が戦闘行為に関わらざるを得ない場面が増えていくことが予想される。戦闘行為では必然的に兵士や市民の死傷を伴う。自衛隊も国民も新しい事態を十分認識して覚悟できているのだろうか。
さらに、国際的にはもう一つ大きな問題がある。平和外交を推進し、専守防衛を唱えてきた「平和主義の日本」のブランドが変質をもたらす可能性が高いことである。
【小川 郷太郎】 現在 |