2013/11/13
第2話「飲酒力」も役立つ外交官の仕事
「外交官は何をするのか」と問われると、うまい説明はなかなか難しい。多くの人には華麗なイメージがあるらしい。着飾って美味い酒を飲んで、パーティーで踊ったりしてばかりいるのだろうと言われたこともある。
しかし、外交官の仕事の現実はそれとは相当かけ離れている。
確かに、通常レセプションというパーティーみたいな会合は時々あるが、そのレセプションも大事な仕事の場で、酒を飲みながらいろんな国の人と様々な問題について意見を交換したり、情報を集めたり、そういう場を利用して非公式に交渉することもある。
そこで貴重な意見や情報を得たり交渉していることに進展があると、酒は飲んでいても正確にその内容を覚えておかないといけない。新聞記者で言えば「特ダネ」のような情報を得ると、その信憑性を確かめなければいけない。夜遅くてもすぐ大使館に戻って作業することもある。
実際には仕事でダンスをするようなことは滅多にない。私が仮に踊っても、ガニマタだしステップも知らないので相手の女性からバカにされてしまいそうだ。
それに比べると酒を呑む機会は非常に多い。
もちろん協議や交渉の場では酒を飲まずに真剣に渡り合う。
交渉事では、しばしばお互いに原則的立場を繰り返し主張して譲らないので膠着する。そういう時に夕食会があると、酒が入って話が柔らかくなり局面打開に役立つことがある。
情報を収集したいと思ってもしかめっ面してでは何も出てこない。何度も食事をしたり酒を飲んだりして家族や趣味のことをもろもろと話すと、相手の人間性も見えてきて信頼感が出てくる。
モスクワではよくウォッカを呑んだが、あまりにも飲み心地が良いのでロシア人と乾杯を繰り返すと、向こうとの距離は一気に縮まる。固い話が柔らかく進むのだ。
モスクワ時代に日本大使館の同僚として一緒に仕事をしたあの佐藤優さん(私よりずっと若い)。のちに「外務省のラスプーチン」と呼ばれたりもしたが、ウォッカを2瓶ぐらい平気で空けてしまう。
他にも凄い能力を持っているからだが、酒力もあってクレムリンの中まで入っていける人脈を築いた。
私はモスクワのあと韓国に転勤となり、そこでも「爆弾酒(ビールとウイスキーを混ぜて一気に飲む方式)を含めて強い酒を韓国人とトコトン飲み合って議論した。
酒のお蔭で随分相手と意気投合し、親近感や信頼感が増すと難しい日韓の歴史問題についても本音でしっかりした議論することもできた。
そんな「酒生活」をして5年半ぶりに帰国すると健康診断の数値が悪化していたが、飲酒のプラスマイナスを総合すると、プラスになったことは確実である。
レセプションは大勢の場での「外交」だが、狙いをつけた人を個別にレストランに招いて意見交換をしたり情報を集めるのは重要な仕事の一部でもある。
だから、酒が飲めると役に立つことが多い。
もちろん酒を飲み過ぎて失敗するのは言語道断だ。余談だが、モスクワのレストランで友人と話をしていると、知らないうちに近くのテーブルに美人の客が座っていてこちらに視線を送ってくることがあった。
旧ソ連時代は、特に外国人は厳しい監視、盗聴、検閲の対象で、ときには女スパイまで登場する。外交官はとくに「女性には絶対気をつけろと厳命を受けているので、そういう時は酒を飲んでも頑強な自制力が必要になる。四囲の状況をよく見極めていなければならない。まさに「酒は飲んでも飲まれてはならぬ」である。外交官はいつも着飾って気取っていられる職業ではないことは確かだ。
外交官は日本と海外を行き来して仕事をするが、次回は国内での勤務を中心にどんな内容の仕事を経験したかを具体的に述べてみたい。
【小川 郷太郎】 現在 |