外交官 第25話 混迷を深める世界 (その2)内向きではいられない

2016/11/07

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官

第25話 混迷を深める世界  

(その2)内向きではいられない
以上お話しした通り、いま世界に起こっている様々な変化は、今までにない複雑な現象で、しかもその影響力には計り知れないほどの強さがある。
当然のことであるが、その影響力は日本にもすでに及んでいる。それに備えるにはどういう姿勢が必要だろうか。先ほど触れたイギリスのEU 離脱の問題を例にして考えてみる。

多くの国際機関や知識人が指摘するように、イギリスの国民が選んだ「EU離脱」によってイギリスの経済や国際的地位が今後相当低下することになろう。

EU のメンバーだから、英国で造った製品はEU 域内に無税で輸出できる。英国企業だけでなく、日本の日産をはじめ世界の多くの企業も生産拠点を英国に置いている。今後は基本的に関税なしの輸出の利点は享受できなくなり、進出企業も戦略の見直しを迫られている。
ロンドンに発達した高度の金融市場もEUメンバーだからという要素もある。EU 離脱に備えて、これからは企業のイギリスからの撤退や資本の流出も起きることが予想される。離脱に伴うマイナスを補う措置も取られるではあろうが、今回の国民の選択は、英国の衰退の始まりを告げるものになる公算も小さくない。
そして、離脱の負の影響は日本を含む多くの国の企業や経済にも及ぶ。言ってみれば、英国民は取り返しのつかない選択をしてしまったように見える。

(出所:bing.com/images

この国民投票では賛否が拮抗して、イギリス国民、保守党内部、イギリス社会のさまざまな階層(例えば、エリート層と民衆、高齢者と若者など)を分断した。
例えば、高齢者の大多数が「離脱」を望み、若者は概して残留を選択した。接戦の末、「離脱派」の数が僅かに「残留派」を上回ったが、離脱派が勝利した後に、離脱を主張したリーダーの中には離脱の理由として挙げた根拠は間違っていたことを認めて撤回する人も出た。
若者たちを中心に国民投票のやり直しを求める多数の署名も集められて、混乱が見られる。

離脱を望む人たちの主要な理由には、EUから課せられる様々な制限を脱しイギリスの主権を取り戻したいとか、移民を制限したいという思いがあった。
このいずれの理由もそれなりに理解はできるが、短期的な視点に基づく内向きな考え方である。この議論の欠点は、イギリス自身もグローバル化と相互依存関係の不可分の一員であることを忘れているか、それを軽視した点にある。

クローバル化と相互依存関係が進む国際社会で各国各地域との連携は不可欠である。アメリカのような超大国でさえ、世界と緊密な連携なしでは立ちいかない状況に身を置いている。「主権」や「難民」を理由にEUとの連携から脱するという判断は、地域と連携することによって得られる巨大な経済的・政治的利益を犠牲にする内向きで短期的視点から来るものである。

レベルが違う話なので適切ではないかもしれないが、私は今回のイギリス国民の選択を見て我が国の第二次世界大戦の経験を思い出した。
当時日本人は軍国主義的指導者の主張に従い、神国日本を信じ「鬼畜英米」を唱えて戦った。世界の客観情勢に思いを致す余裕もなく、国全体の視野が狭く内向きになったときの大きな危険を教訓としなければならないといつも思っている。

だから混迷が深まる世界の中でどうすればいいのか。
私は、「眼を外に向けよ」「内向きではいられない」「世界との連携が重要だ」と主張したいのである。TPPを巡る論議にもそういう姿勢が重要だと思う。

筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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