愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、 日本人駐在員は愛と友情をかけて、 マフィアと闘う。
アップンは居眠りしている木村の肩をゆすった。
「所長、お休みのところすいません。昨日は激しかったのかな・・・・・」
「なーに。ニンちゃん、もう怒ってないよ、ハニー」
(なんちゅう寝言、その顔してハニーはないわよね、どう考えても・・・・・・)アップンはあきれた。
俺は、起きていてアップンをからかっただけだ。
すぐに、アップンが探偵社から入手した情報を話し出した。
「探偵社には特別料金を払うから毎日、口頭でもいいからわかったことをすぐに報告するようお願いしました。
報告書はまとめてあとからで良いですよね。
たった今、電話で報告がありました。
まず、カーオの件ですが、刑期が六ヵ月短縮されて先週釈放されました。
現在、住居は不明。 生まれはパパデーンで、母親は幼少の頃に他界。
その後、父親は再婚しました。再婚した女性にも子供がいてその子の名前はプーだそうです。
父親はカーオが14歳の頃、家族を捨てて若い女と一緒に家出したきりです。
現在、パパデーンの家には義母プリックとその娘のプーが住んでいますが、パパデーンの家にはカーオが立寄った形跡がないそうです。
引き続き調査中です。クンですが、半年前に出所しました。
予想通り、スクンビットのソイナナのカラオケクラブに勤めています」
「予想通りって?」
「クンが働けるのは、カラオケクラブだと思いました。
タニヤではクンが刑務所に入ったことは知れ渡っているので、恐らくスクンビットのカラオケクラブだと思いました。
スクンビットでカラオケクラブが集中しているのはソイナナとソイカーボーイじゃあないですか。
まず、ソイナナのカラオケクラブに写真を持って調査してもらいました。
なんと3軒目でヒットしたそうです。
ここ一週間は休んでいるそうですが、この住所に住んでいます。
その店のボーイがクンに興味があったんじゃあないですか、チップをやったらアパートの部屋番号まで教えてくえたそうです。それと・・・・・・」
俺は、住所の書いてあるメモをアップンから奪い取るようにして走って出て行った。
「所長」アップンは叫んだが、木村は猛スピードで部屋から出て行った。
アップンはシーアという極悪人の存在を木村に伝えたかったのである。
木村は、プラモートにエッカマイに急いで行くように指示した。
「エッカマイのクルンテップってアパートですね」
「クンのアパートだ」
「ビッグベア達も呼びましょう。逃したら厄介です」
プラモートは、ビッグベアに携帯から電話した。
「すっ飛んでくるそうです」
平和に親子で暮らしているマイとプンを脅かそうとしているカーオに煮えたぎる怒りを覚えた。
事務所からエッカマイのクンのアパートには十分で着いた。
ボスにすっ飛ばせと言われプラモートは、 裏道を猛スピードで飛ばした。
まだビッグベア達はアパートに到着していない。
プラモートは軍の払い下げ44口径のコルトをズボンのベルトに挟み、車を降りる。
クンのエッカマイのアパートは20階建てのマンションだった。
クンの勤めているカラオケクラブのボーイを部屋に入れたことがあるのだろう。
クンに小指みたいなチンポと言われたボーイは親切に部屋番号まで探偵に教えていた。
アパートの玄関でプラモートに、
「ここでビッグベア達を待っていろ、一人で行く」
「ボス一人じゃ危ないですよ」プラモートが木村に続いた。
3基あるエレベーターのうち一番右のエレベーターが降りてきた。
クンの部屋は7階の704号室だ。俺に続いてプラモートはエレベーターに乗り込んだ。
7階で降り、そっと704号室まで近づいて行き、ドアに耳を当てると中から声が聞こえる。
そっとドアのノブを回すとノブが回る。
鍵がかかっていないようだ。
プラモートに目配せをしてドアを思い切りよく開け、中になだれ込んだ。
プラモートは腰を低くため拳銃をかまえた。
部屋にはねずみ一匹いなかった。
声はつけられたままのテレビのものだった。クーラーもつけられたままである。
よっぽどあわてて出て行ったのであろう。
テーブルの上に一枚のメモがおいてあった。
タイ語で書かれたメモをプラモートに渡した。
「ボス、こんなことが書かれています。
・・・・・・親愛なる勇気ある日本人へ
先日、猫の首を送ったことをお詫びします。
俺と妹のプーのことは、調べてわかったと思います。
妹プーはマイのおでん屋を辞めさせました。
これからはクンとプーと三人で、田舎で米でも作って暮らします。
どうか、もう跡を追わないで下さい。
タイ人の良心に誓ってもうご迷惑をかけません。・・・・・・カーオ」
カーオは、クンにかかってきた電話の後、皆を急がせて部屋から脱出した。
時間がない。今にも木村が血相を変えて部屋に飛び込んできそうだった。
カーオ達は中央のエレベーターを使って下に降りた。
マンションの入口に見覚えのあるグリーンのボルボが停まっている。
「早く車に乗れ」カーオは皆を急かせた。
まさに間一髪であった。プラモートが木村の指示に従い玄関で待機していれば、銃を持ったプラモートが奴等を押さえたところだ。
カーオ達は、マンション横手の駐車場に停めてあった黒塗りのワンボックスカーに走り、乗り込んだ。
シーアは車を急発進させ、クロントイスラム街に向かった。
スラム街の入口でプーと名乗らせた女をピックアップするためだ。
スラム街に向かう途中、モータサイに乗ったビッグベア達とすれ違った。
運転していたシーアは、ビッグベアを見てつぶやいた。
「あいつが絡んでいるのか・・・・・・、引けねぇな。あの野郎のおかげで臭い飯を食わされた」
シーアは、5年前のビッグベアとの死闘を苦々しく思い出した。
5年前、シーアに臓器売買のシンジケートから連絡があり、緊急に子供の腎臓がひとつ欲しい。
すぐに手に入るのなら、値段はいくらかけても良いとのことだった。
シーアは、普段の5倍の値段、50万バーツで引き受けた。
急ぎでなければ、イサーン地方(東北地方)に行って、貧しい農家の子供を買うとこだがそんな時間の余裕がなかった。
(スラム街のがきの一人や二人いなくなっても警察は真剣にとりあわねえだろう)
シーアはクロントイのスラム街で子供を誘拐しようと思いついた
シーアは仲間二人とクロントイのスラム街に向かった。
ちょうどスラムの入口に5歳くらいの女の子供が一人で立っている。ビッグベアの子供のノック(鳥)であった。
ノックは仲の良いプンが道路での花輪売りを終え、帰るのを毎日待っている。ノックは母親を知らない。
ノックの母親は、ノックを生んだ時に死んだ。逆子であったノックを帝王切開した際の麻酔による合併症で死んだ。
ノックはプンとその兄のカイと大の仲良しだ。
父が死に母親に捨てられたプンとカイである。
プンとカイは道路で小さな花輪を売ってお金を稼いでいる。
ノックにとってカイお兄ちゃんは強い、いじめっ子をやっつけてくれる。
プンとはおかあさんごっこをして遊ぶ。
いつも母親の居ない3人でプンの家で祖母の作った夜ご飯を食べる。
3人は兄妹、姉妹同様の仲であった。
3人は帰り道によくスラム街の屋台に寄る。
屋台のおばちゃんがガイヤーン(鶏肉のあぶり焼き)やパッタイ(焼きそば)を時々くれる。
屋台のおばちゃんは3人からお金を取ったことがない。
カイがお金を払おうとすると「今度でいい」って屋台のおばちゃんは決まって言った。
その日もノックはプンとカイの帰りをスラムの入口で待っていた。
その時、ノックの近くに車が止まり見知らぬ男が二人降りてきた。
一人の男はいきなりノックを抱きかかえると車まで走っていった。
もう一人の男がドアを開け後部座席に2人がかりでノックを押し込んだ。
その時、カイとプンは、ノックの悲鳴を聞いた。
ノックが道路の向こう側で連れ去られるところだ。
カイは片道2車線の道路の反対側で連れ去られるノックを見、往来する車の中、危険を顧みず走って行ったが間に合わなかった。
ノックを載せたワゴン車は猛スピードで走り去って行く。
そこに、スラム街のモータサイのお兄さんが通りかかった。
カイはモータサイを止めて、ノックがワゴン車に連れ去られたことを急いで話した。
「早く乗れ、どの車だ」モータサイの男は言った。
カイは急いでモータサイの後ろにまたがり、プンに言った。
「ビッグベアのおじさんに知らせに行って」
「うん」ビッグベアのところに一生懸命に走っていくプンであった。
泰田ゆうじ プロフィール 元タイ王国駐在員 著作 スラム街の少女 等 東京都新宿区生まれ |