改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第十七話 「第7章 極悪人シーア2」

愛は国境を越えてやってきた。

不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、 日本人駐在員は愛と友情をかけて、 マフィアと闘う。

女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

月曜日、俺はいつも通り10時頃に出勤した。

秘書のアップンから今週のスケジュールを確認する。

今週は、日本からの客はない。ノーアテンドでホットした。

打ち合わせが終わった後、トイレに立ち、おでん屋マイで起こった事件をアップンに相談しようかと迷った。

アップンは、名門大学を飛び級(優秀なので二年で卒業した)で卒業した才女である。

結局、タイ人のことはタイ人に聞こうと思い、 「アップン、ちょっとプライベートなのだけど相談に乗ってくれないか?昼ご飯、好きなものをご馳走するからさ」

「いいですよ。まず、所長が立派なものをお持ちになっているのはわかりましたから、ズボンのチャックをちゃんと上げてください。それとお昼は、高級ホテルのフランスレストランでお願いします」

「ゲッ、そうきたか」

急いでチャックを上げ、昨日あった事件とこれまでのカーオとの経緯を話した。

「所長、大変な事態が予測されます。それでどのような対策をお考えですか?」

「大変な事態って?君ならどのような対策をお考えになるの?」

「まず、カーオの生い立ちを調べましょう。それとカーオとクンの居場所を突きとめるのが先ですね。所長はクンの写真を手に入れて下さい」

「どうやって、写真を手にいれたらいい?」

「クンは以前にマイと同じカラオケで働いていたんでしょう。

誰か一緒に旅行した人とか日本人は写真を撮るのが好きですから、ホステスに写真を撮って配ったりするでしょう。

そのカラオケに行って聞いてみて下さい。カーオの調査は探偵事務所に調査させます。経費は調査費にうまく計上しておきます」

夕方6時、事務所の帰りに出勤前のニンのアパートに寄った。

ドアのチャイムを鳴らすと、いつもと変わらぬニコニコ顔で迎えてくれた。

(言わない方が良いこともある・・・・・・)

ニンの笑顔を見て、昨日の遊園地でニンを見たことは、黙っておこうと思った。

「昨日はいい子だった?今、髪乾かしているの。座って待っていてね」

木村はベッドにひっくりかえって天井を仰いだ。

(言わないほうが良い、言わないほうが良い・・・・・・)

気が付かなくても良いことに気が付くことがある。

横になった時、目にベッドサイドのゴミ箱に入っているコンドームの空箱が飛び込んできた。

日本製の新製品だろうかこれまで見たことがない。

(昨日あの日本人とここで・・・・・・)

そう思った瞬間、カッとなりそれまでの思いとは反対の行動をとった。

ゴミ箱から空箱を取り出すと髪を乾かしているニンのところに走って行き、 「これ何だよ。昨日はホアヒンに行ってなかっただろう。日本人の男と一緒だったのだろう、何していたのだよ」

ついに、言ってしまった。

ニンは木村の手からコンドームの空箱を奪い取ると足元のゴミ箱に捨てて、 「ゴミ箱をあさるなんて、最低ね。出て行ってよ」

俺の言ったことには答えず、ドアを指差し、大声で怒鳴った。

逆切れのニンに、俺は何も言わずに出て行った。

(どうしよう。わたしは、木村さんを好きなのに・・・・・・でもなんて言って良いのか、わからなかった)

木曜日、突然、日本に帰った前の彼から電話がかかってきた。

週末にバンコクに遊びに来るという電話だった。会わないわけにはいかない。泊めないわけにはいかない。

二人の男性のどちらも傷つかないはずだった。

人生のたった一日、前の彼と、やさしかった思いやりのある彼と、過ごしてもいいと思った。

ニンは木村に正直に話そうか迷った。

(わかってくれるかも・・・・・・「出て行って」、強い言葉だったかな・・・・・・)

ニンはこの言葉を以前にも言ったのを思い出した。ニンとの子の父親に言って、それきりになった言葉だ。

(いやな予感がする、人生にはそんな言葉がある。あの時、出ていってなんて言わずにちゃんと話せばよかった)

ニンは携帯を取り出し、木村に電話をかけたが何回も電話をしても木村は出なかった。メールで「今晩、話しをしたい」と送ったが木村からの返事はない。

ニンのアパートを出てアップンに言われたとおり、大和に向かった。

ニンの住むサトーン通りからタニヤ通りまですぐだ。

大和に入ると小ママのミィアオが迎えてくれた。

「おっ、スケベ日本人だ、いらっしゃい。カウンターでしょ」

今日の俺は笑えない心境だが、無理して笑って、カウンターに座った。

ブラディーマリーを注文すると、プラーが小さな声で「昨日はありがとう」と言って、作ってくれた。

「どうしたの?なんか浮かない感じだね。昨日、ホテルを断ってごめんね」

「へへへ、そんなつもりで言ったんじゃあないよ。冗談だったのだ、気にしてないよ」

英語でジャストジョーキングと手を広げておどけて見せた。内心は羞恥心ではちきれそうだった。

「ちょっと小ママに話がある。呼んでくれる?」

ミィアオがカウンターに座ると、

「クンが写っている写真、ないかな?」

「あるよ。あるけど本人に断らなくちゃ、あげられないよ」

木村はマネークリップから500バーツ出す。

「あげられないけど、貸すぐらいはいいかな。よく探せばアップの写真もあるかもねぇ」

もう500バーツ出した。ミィアオは奥の部屋からアルバムを持ってきて、

「木村さん、別のかわいい子の裸の写真もあるよ、今晩のおかずにどう?」

「えーほんと、ミィアオたら、ちょっと見せて・・・・・・なーんだ、二歳の女の子の裸か。クンの写っている写真、借りるよ」

そう言うと、アルバムからクンの写っている写真を数枚取り出してポケットにしまった。

「木村さん、携帯が鳴っているよ」プラーが親切そうに言った。

携帯を見て発信元がニンだとわかり、電源を切った。

(ニンがほかの日本人と週末の夜、過ごしたことは事実だ。

これまでにもそんなことがあったに違いない。所詮、ニンもほかのタニヤの女性と一緒だ。佐々木の言ったとおり、俺がもてるのは金なのだろうか・・・・・・それでも良いじゃあないか、俺はニンが好きだし)

「今日の木村さん、なんか淋しそうね」プラーがやさしく手を握ってきた。

「お店が終わったら、どこか飲みに連れて行ってくれない?」

「いいね、行こうか」ニンの顔が浮かび、ちょっとした罪悪を感じたが行くことにする。

11時になり、大和の店に連れ出し料500バーツを払ってプラーを連れ出した。

タニヤ通りの角の近くに日本料理を出す居酒屋「酒の店」がある。

「酒の店」は11時30分をまわっていたが日本人とカラオケのホステスで、ほぼ満席だ。二人は奥のテーブルに案内された。

すぐにタイ人の女性店員が日本語で注文を聞きに来る。

「プラーちゃん、何がいい?」

「メニュー見ても日本料理ってわからないから木村さん注文してね」恥ずかしそうにプラーが言った。

メニューを見ながらニンがいつも注文するものを頼んだ。

「日本酒とイカの塩辛、塩辛には唐辛子をたっぷり入れてね。

それと鯖の塩焼きと寄せ鍋に蟹を入れて。寄せ鍋にも唐辛子をたっぷり入れて。日本酒は早く持って来てね」

日本酒と塩辛が直ぐにきて、塩辛にはイカと同量以上の赤と青のタイ唐辛子が刻んで入っている。

プラーが唐辛子のたっぷり入った塩辛を不器用に箸でつまんで、

「この店の日本料理おいしいね。ところで今日は何かあったのでしょう?しゃべると楽になるわよ」

「うん」

ニンの部屋であったことを少しずつしゃべった。日本酒が心を緩ませている。

「私だったら、好きな人としか絶対に寝ないわ。

でもニンさんナンバー1だし、スポンサーが2~3人いると思うの。

木村さん、そんなこと気にしたらニンさんと付き合っていけないよ。

たまたま、今回はわかったけれどね。たいていはわからないようにうまく付き合っているのじゃあない」

「ニンは他の子と違うと思うのだけどな・・・・・・」

「わたし、木村さんと付き合いたいな。こんど、木村さんのアパートに行っていい?」

「う、うん」遊園地での誤解を思い出し、ためらいながら返事をした。

レジで清算をしていると、何人かのカラオケのホステスと日本人客が入ってきた。

一人の日本人がホステスに「プーちゃん」と話しかけた。

その時、プラーは反射的に何故かそちらの方を振り向いていた。

店を出て家まで送ると言ったが丁寧に拒否された。

プラーをタクシーに乗せ、プラモートを呼び、アパートまで帰った

アパートに着くとロビーにニンが待っていた。

「話があるのだけど。さっきは怒鳴ってごめんね」

ニンは俺の顔を見てホッとした表情をしている。

俺の後をついて部屋に入った。

ソファーに座りタバコに火をつけ、吐き出す煙を黙って見ていると、

「酔っているでしょう。お水飲んで」

ニンは冷蔵庫から冷たい水を持ってきた。

ニンは隣に座り、

「ホアヒンに行かなかったわ。3年前に日本に帰った前の彼と会ったの。言い訳はしないわ。

でもあなたに対する気持ちだけは、はっきりと伝えたかったからここに来たの。

あなたが出て行ったあと、すぐに電話したの。でもあなたは電話に出なかった。

何度も電話をしたけれどあなたは電源を切ってしまった。

私はあなたともう二度と会えないかもしれないと思うと身を切られるように辛かった。あなたが好きなの・・・・・・」

ニンの目に、涙が光っている。ニンは突然、俺の胸に顔を埋め、泣きながら、

「あなたのやさしさに触れているとほっとするの。プンやマイと、あなたは何の関係でもないのに、いつも二人に優しくしているわ。

そんなあなたが大好き。私のこともいつも考えてくれたわ。

好きなチョコレートケーキを買って来てくれたわ。

疲れているとマッサージをずっとしてくれたわ。

髪を洗ってくれたわ。

髪を乾かしてくれたわ。

赤いワンピースを買ってくれたわ。

靴も買ってくれたわ。

ビトンのバッグも買ってくれたわ」

(えっ、ビトンのバッグは買ってないぞ・・・・・・あのバッグ誰かに買ってもらったのかなぁ)

「もういいよ、わたったよ、泣くなよ。俺もニンが大好きだよ」

ニンを抱きしめた。

猫の首事件のあと、お手伝いのプーは用心のためしばらくの間、マイの家に泊まることになった。

マイの家の周りは、ビッグベアの仲間が交代で見回ることになっている。

「明日からプンちゃんの学校の往き返りには私が付いていくね。

ビッグベアのお友達と一緒に学校に行くのは、いやでしょう」プーが言った。

「うん、うれしい」プンはプーに抱きついて喜んだ。

プーは、自分がとんでもないことに巻き込まれているのかと不安になっていった。

ニンが泊まって、朝ごはんを作っている。木村は起き上がり、ニンのそばに立って言った。

「ニンちゃん、そうそう、昨日、ビトンのバッグ買ってくれたって言っていたけど・・・・・・・俺買ったかな?」

「えっ、そんなこと言っていないよ。酔っ払っていたから勘違いだよ」

「そうかな・・・・・・」

俺は、朝ご飯を食べながらこれまでのことをニンに話すと、

「さすが、アップンさんね。それで調査報告はいつ頃来るの?」

「特急で二週間後って言っていたかな」

「それじゃあ遅いわ。わかったことからどんどん知らせてもらって。

それと、クンのことも調査をしてね。あと、カーオが服役していたときの同房で先に出所した人の調査もしてもらってね。

カーオは服役中、復讐計画を立てたでしょう。きっと、仲間と相談したわね。

よくドラマでもあるでしょう。服役仲間と出所してからつるんで悪いことをするって」

「へー、わかった」

木村は、ニンの洞察力に改めて関心をした。

(この子は、きっと何をしてもナンバー1になれるかも。

これでアップンとニンの頭脳連合軍ができた。カーオ、受けて立つぜ)  



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ