改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第十四話 「第6章 カーオの復讐 2」

愛は国境を越えてやってきた。

不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、 日本人駐在員は愛と友情をかけて、 マフィアと闘う。

女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

それから1年・・・・・・

カーオもバンクワン男性刑務所に収容されていた。簡易裁判で罪を認め、刑期は2年、クンは1年で、彩夏と同じ刑務所に入っていた。

カーオは、毎朝5時に起床し、6時30分に朝食。規則正しい毎日を過ごしている。

この刑務所は、1日3食。タイでは、環境が劣悪な刑務所も多く、1日1食の刑務所もある。

刑務官は、先生と呼ばれ、絶対的な存在である。カーオは刑務官に気に入られ、模範囚で作業グループの班長をしている。

毎月、面会に来る十歳下の腹違いの妹からの差し入れのタバコや果物などを看守や刑務官に配る。 刑務官に妹からもらった500バーツ紙幣をそっとつける。

刑務所に希望はない。

毎晩、木村達への復讐を考えることが唯一の生きがいであった。あり余る刑務所での時間で復讐計画は、出来上がった。

模範囚のカーオは、明日刑期が短縮されて釈放される。

 (あれから、1年か、明日は何をしよう。貯金をおろし、明日迎えにくる妹に豪華な飯を食わせて、服を買ってやるか。毎週、刑務所に面会に来てくれた妹だ)

カーオの実家は、バンコク中心部から車で20分ほど離れたチャオプラヤー河を渡ったパパデーンにあった。

14歳の頃、父親は煙草を買いに出ると言って、戻ってこなかった。

家には、若い後妻のプリック(唐辛し)とその連れ子のプーとカーオが残された。

プリックは、トンブリの場末のバーで働いて生計を立てたが、暮らしは楽ではない。プリックにとって、カーオは憎くて邪魔な存在だ。

プリックと子供達を捨てて若い女の元へ出て行った無責任な父親への憎しみをカーオにぶつけた。

プリックは、食べ盛りのカーオに朝飯しか与えない。酔って帰ると、寝ているカーオを叩き起こし、ほうきで叩く。

 「出て行きな。恨むならお前の親父を恨みな」最後に必ずそう言う。

カーオは何も言い返せず、父親への愛憎と継母への憎しみが堆積していく。

夜、働きに出る前にプーを呼び、毎日50バーツを渡す。

「ご飯を買って食べな。カーオに分けちゃだめだよ」

プーはやさしいお兄ちゃんが大好きだ。

実の妹のようにかわいがり、どんな時でも守ってくれる。

母からもらったお金で、カーオが大好きなガイヤーン(鶏肉のあぶり焼き)やカオニャーオ(もち米ご飯)を買ってきて二人で分けあって食べた。

ある日、カーオが朝から高熱を出して苦しんでいた。プリックは、熱を冷ましなと言って頭から水をかけて働きに出て行った。

プーはもらった50バーツを持って急いで薬屋に走り、 「お兄ちゃんが、熱出ちゃったの。早くお熱下げるお薬ちょうだい」

プーは持っている50バーツ全部を出した。

薬屋の主人は、カーオの様子をプーから聞きだすと、「お嬢ちゃん、熱さましと抗生物質が必要だな。お母さんにもう100バーツもらっておいで」

プーの大きな目に涙が溢れ、 「お母さん、お兄ちゃんを恨んでいてお兄ちゃんには1バーツも出さないもん。このお金もプーのご飯代だもん」

驚いた薬屋の主人は、急いで薬を用意してプーに渡した。

 「お金はいらないよ。50バーツでご飯を買って帰りな。この袋は熱さまし、こっちは病気を治す薬。袋の上に書いておくよ。それとこれは栄養剤だよ」

プーの顔が見る間に笑顔に変わり、 「おじちゃん、ありがとう。今度、お金ためてもってくるね」

 「いいんだよ、お嬢ちゃん。いつか、誰か困っている人を助けてあげなさい」

仏教国タイは、川の水が上から下へ流れるがごとく、貧しいものに対しお金を持っているものが出すのはあたり前なのだろう、店主はやさしく微笑んでいる。

 「うん」プーは薬を受け取ると元気よく走って出て行った。

カーオは、15歳で中学を卒業すると家を出た。近くの叔父のムエタイ事務所に住み込み、叔父を手伝いながら昼間は身体を鍛えた。

夜はタニヤ通りのカラオケ店でボーイとして働き始め、妹は高校、大学に行かせたいと、一生懸命に働くがお金が貯まらない。それでも毎月わずかに残ったお金を妹へ渡していた。

カーオは目元が涼しく、鼻筋が通った美青年である。

いつ頃からか、タニヤのホステスから貢がれるようになっていった。

カーオは義理の母親を思い出すので酒臭い女性が嫌いだったが、金のためにそんな女性ともいつしか寝るようになった。

刑務所の門を出るとそこにプーが微笑んで立っていた。水玉のワンピースがよく似合っている。誰もが振り返る美人だ。

カーオは二十歳に成長したプーがまぶしかった。

 「お兄ちゃん・・・・・・」

プーはカーオに走っていって抱きついた。1年の服役でカーオは、やせ細っている。

(お兄ちゃんをこんな目にあわせた人、プーは許さない・・・・・・)

クロントイスラム街のおでん屋マイは大繁盛だ。

当初、味付けには苦労したがナカジマのアドバイスで、日本の醤油とタイのナンプラー醤油(魚醤)を混ぜた。混ぜ具合が絶妙である。

日本の鰹節もたっぷりのスープに大根、かぶ、玉子、たこ、魚のすり身のほか、鶏肉や豚肉も入っている。お皿に3個の具を選んで30バーツだ。

クロントイのスラム街のおでん屋マイの評判が良かったのでもう1店、日本人が多く住むスクンビット24通りに出すと、 日本人にもばか受けし、評判となり連日の盛況となった。

今では急成長をしてタニヤ通りに、もう1店、屋台を出している。屋台ではビッグべアとその仲間も働いている。みんな正業に就いた。

彩夏とは10日に一度は、会った。

だんだん希望を失っていく彩夏に、「きっと、無実を証明してここから出してやるよ」

そんな言葉に彩夏は淋しそうに笑う。

彩夏の無実を証明するあてがない。パヌワット警部補に時々、連絡すると  「何かわかったら、こちらから連絡します。くれぐれも自分で動かないほうが良いですよ。危険です」

いつもこんな風な返事だ。

(刑務所に入って1年近く経つ、つらいだろうな・・・・・・)



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ