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私と柔道、そしてフランス… -「第三十九話 忘れられない人々 (その二)」-

【安 本 總 一】
早大柔道部OB
フランス在住
私と柔道、そしてフランス…
2019年3月14日

- 第三十九話 忘れられない人々 (その二)-

 さて、第三十三話で“稀代の業師”として紹介した渡辺喜三郎先輩は、1958年の第3回アジア大会で優勝、1959年の全日本柔道選手権で3位の戦績をあげ、1962年にイギリス柔道連盟にナショナル・コーチとして招聘されたのです。

  英国到着以来、先輩はレゲット先生宅に下宿し、先生の厳しい指導のもと、美しい英語、英国式礼儀・振舞い、ゴルフ、ピアノなどを身につけられました。私は日本では先輩と言葉を交わしたことがなく、ただ、その闘志溢れた激しい稽古・試合と、先輩が発するピリピリとする空気を知っているだけでしたから、初めてレゲット宅を訪ねたとき、先輩のピアノで迎えられて、びっくりもし、感動もしました。さらに、そのあくまで穏やかな雰囲気に一驚したものです。

  彼は主にBUDOKWAIとRENSHUDENで指導していて、私がたまにBUDOKWAIに行くと、必ず稽古をつけてもらい、二人とも、学生時代に戻って真剣に技を掛け合いました。このとき、周りは稽古を止めて我々の乱取を注視したものです。

ローヤル・アルバート・ホール
【ローヤル・アルバート・ホール】

  1966年秋になると、その渡辺喜三郎先輩からBUDOKWAI 主催の重要なイベントでの大役を仰せつかりました。日本の「講道館」に匹敵する当館の大会には毎年、イギリス全土から選手・観客が集まり、ヨーロッパ各国の柔道連盟のVIPが招待されます。会場は、8000人収容可能な「音楽の殿堂」と呼ばれるロンドンの「ローヤル・アルバート・ホール」!

  大役とは、それまで毎年先輩が行なってきた「10人掛け」で、選ばれた10人の選手を次々に倒す役目です。時間の制限もありません。もちろん、固辞しましたが、お世話になった先輩からの命令(!?)で、引き受けざるをえません。ただ、話合いの結果「7人掛け」にはなりましたが。私にとっては日本・フランスを通じて、こうした“掛け試合”は初めての経験です。

  また、掛け試合の捉え方は日本と外国では根本的に大きなちがいがあります。日本では、一種の余興として行なわれていて、掛かっていく選手は、“むやみに頑張らず”を暗黙の了解として戦うのが礼儀であるのに対して、外国では一般の試合と考えられていて、ひとつひとつの試合の勝敗を重視します。その頃は、日本でも外国でもよく行なわれましたが、現在はあまり行なわれないようです。

 ここで思い出したのは、フランス滞在中によく耳にした日本柔道界の重鎮・醍醐敏郎先生(現10段)がパリで行なった10人掛けの話です。1951年の全日本選手権大会で優勝された先生は、パリで開催された第1回ヨーロッパ選手権に招かれ、乞われて欧州選抜の10人を相手に10人掛けを行ないました。そして、9人を簡単に処理した後、10人目の当時のフランス・チャンピオンのジャン・ドゥ・エルドと22分間の激闘の末、引き分けてしまいます。このことだけで、エルドはフランス柔道史上の「英雄」になりました。 

  その日、私は審判役も与えられていました。審判中に招待者席に、フランスで大変お世話になった粟津正蔵先生や、フランス柔道連盟の創設者で私をフランスに送ってくれた「日仏学生柔道協会」のフランス側の責任者ボネモリー氏の姿を認め、ますます緊張してきました。

 いよいよ「7人掛け」の開始です。その直前、大会進行担当者がやって来て、「当ホールの予約時間は午後10時までで、それを越えるとかなりの延長料金をとられるので、それまでに決着をつけてもらいたい」。「そんな!そんな!」と思いましたが、Too late!時間を尋ねると、15分前!おまけに、7人の顔ぶれの中に、その年の英ジュニア・チャンピオン(重量級)や軽量級チャンピオンなどの錚々たる選手が含まれているではありませんか!「まな板の上の鯉」の心境でした。

  「掛け試合」を得意とする渡辺先輩やフランスの富賀見先輩によれば、「掛け試合」成功の秘訣は先鋒の選手を短時間で倒すこと。ただ、このときの先鋒はこの年の軽量級のチャンピオンでした。二人の先輩の言葉を胸に、先手先手と攻めて、20秒ほどで「内股」でし止めました。その後はすべて異なった技で倒し、最後のジュニア・チャンピオンを得意の「袖釣り込み腰」で決めた途端、イギリス国歌「God Save the Queen(神よ女王を守り給え)(注1)」が鳴り響きました。試合場の真ん中で「君が代」を聞くような感覚で聞いていて、大袈裟のようですが、ジーンと来るものがありました。最後の選手が畳に落ちたのが、10時3分前だったそうです。

大会プログラム
<出場者のサイン入りの大会プログラム>
*「16」の「ONE v. SEVEN(1 対 7)」は「7人掛け」を意味する。

(注1)
イギリス国歌:イギリスでは、全ての映画館・劇場などでは、毎日最終上映・上演が終ると、自動的に国歌が流れ、観客は全員起立して清聴する。
プログラムの最後の「THE QUEEN」は、「国歌」を意味する。 

次回は「第四十話 忘れられない人々(その三)」です。


筆者近影

【安 本 總 一】
現在




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