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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第ニ話 プロローグ2

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

学生の夏休み前のせいかイミグレーションはすいていた。
イミグレーションを通って直ぐ前のエレベーターを降りると
機内に預けた荷物を受け取るターンテーブルが幾つも並んでいる。
大きめの黒のスーツケースは、日本の機名が表示されている
ターンテーブルをすでに回っていた。
スーツケースには当面、必要なシャツや下着などが入っていて
本格的な生活に必要なものは後から船便でアパートに着くことになっている。

空港の出口に向かう途中に銀行の両替所が並んでいる。
木村は、綺麗な子のいる両替所を選び、100万円の束が入った封筒を
無造作にスーツの内ポケットから出し、手だけが入る半円の窓から札束を
ガラスの向こうの若い女性に差し出した。
女性の大きな目がさらに大きく見開かれた。百万円はタイ通貨のバーツで
約33万バーツになる(当時1バーツ=約3円)。最高紙幣の千バーツ札で
330枚の札束になる。両替所で働く女性の1か月の給料は1万バーツ前後。
自分の給料の何十倍もの金を無造作に受け取る男に女性は微笑んだ。
「ビーケアフル」(注意してね)
「コックンクラップ」(ありがとう)
日本で90時間、タイ語を学習していて簡単なタイ語は話せる。
木村が初めて使ったタイ語だ。三十枚ほどの千バーツ紙幣をポケットに
入れておいたお気に入りのマネークリップにはさみ、残りをスーツケースに押し込んだ。
両替所から30メーターほど右手に歩くと空港の出迎えスポットがあった。
そこには木村と交代で1週間後に日本に帰る前任者が待っていた。
「木村待っていたぞ」
「すまんな、しかしお前真っ黒だな。ゴルフばっかりやっていたのじゃあないのか?」

同期入社で前任者の佐々木は、一緒にいたタイ人の運転手に
俺の荷物を持てとあごで命じた。
運転手は重いスーツケースを軽々と持ち、先頭に立って歩きはじめた。
タイ人にしては身体が大きく俺よりやや身長が高い。
ガッチリした身体をしている。浅黒い顔でまぶたに数カ所切れた跡があり
目が鋭くやけに精悍そうだ。
(こいつと喧嘩したら手強そうだな・・・・・・)
先にたって歩く運転手の背筋を見て思った。

車は空港の地下の駐車場に停めてあり、グリーンのスウェーデン車のボルボだ。
「この車が、おまえが駐在中に使える車。運転手はムエタイの
ヘビー級元チャンピオンのプラモート。
元軍人で射撃はかなりの腕前、運転席の下には軍払い下げの
銃がおいてあるよ。運転手兼用心棒ってわけさ」
佐々木は得意そうに説明した。
車内に乗り込むと、佐々木がぶっきらぼうに、
「高速道路を使えば、およそ40分で市内に着く、何か質問は」
「去年の軍事クーデターの後、バンコクはどうなのだ」
「大多数はデモがなくなって喜んでいるよ。軍事政権になったけど、
赤と黄色が揉めていた時よりは、ましだって。
デモ中は道路を封鎖したりして、日常生活にも支障をきたしていたから」
「赤シャツと黄色シャツか。日本でもニュースでやっていたよ」
「2006年にタクシン元首相の資産虚偽申告とか職権乱用とかを
契機に軍がクーデターを起こして、タクシンはロンドンに亡命した。
それ以降、ずっと赤シャツのタクシン派と黄色の反タクシン派で争っている。
単純に言えば、
赤の東北部出身の貧しい農家と黄色の都市部の富裕層の争い。
タクシンは、東北地方の貧しい農家のために30バーツ医療制度、
一村一品運動、公共投資をして、絶大な支持を得たから選挙をすれば、
赤シャツが勝つ。それに対抗して、黄色がデモを起こす。
軍部や司法もどちらかと言うと黄色指示だから、選挙を無効にしたりして、
今度は赤シャツがデモをする。その繰り返しだよ」
「タクシンの妹のインラックは、首相としてどうだったのだ?」
「よく頑張っていたと思うけど、一昨年、人気低迷下を機に
黄色がデモを始めてさ。黄色はクーデターで政権を握ることはできても、
選挙をすればどうせ負ける。終わりがないので、デモを続けるしかない。
どうにもならなくて、それで、去年の軍事クーデターが起きたってわけ」
「景気はいいのだろ」
「クーデターで政治の不確実性が取り除かれたし、
日本企業もまだまだこれから進出してくる」
「不動産投資も増えるな」
「タイの不動産は日本より、ずっと安いのに、日本よりも高く貸せる。
バンコクの中心地なら、10万バーツ、日本円で30万円近くの家賃。
こんな家賃でもすぐに借り手がみつかる。
老後をタイで暮らそうとする日本人も増えているしな」
「夜遊びする時間もないか」
「いや、それは大丈夫。寝なきゃいい。楽しいぞ、バンコクの夜は」

車はバンコクの中心街に入っていった。
大都市バンコクは、高級ホテルやショッピング・センター等の
近代的な建物が立ち並ぶ。その中に華麗さと荘厳さを漂わす
王宮と多数の寺院がある。
市内は、コンビニエンスストアーと屋台、高級デパートと
露天市場が混在して、活気に溢れ、混然とした魅惑的な様相を呈している。
車が赤信号で止まった。
すると十歳くらいの裸足の男の子が七歳くらいのこれまた
裸足の妹の手を引いて車の窓をたたいた。
汚れた白シャツに半ズボンの男の子は、小さな白い花輪をいくつも持っている。
やせた男の子の希望のない目と目が合った
男の子は、持っている花輪をかかげて見せた。
妹は首元がよれたピンクのティシャツに赤いスカートを着ていて、
スカートから伸びた脚がやけに細い。
その子は輝く黒い大きな瞳と小さめだが形の良い鼻、
ふっくらとした唇は西洋人形のような愛らしい顔立ちをしている。
俺に微笑みかけたその手には白いゴム製のボールが握られていた。
窓を開けて男の子から小さな白い花輪をひとつもらい、
マネークリップから紙幣を一枚出して男の子の手に握らせた。
男の子は紙幣を見てびっくりして何か言おうとしたが、
先に佐々木に通訳させた。
「妹とお前の靴を買いな。お前も大きくなったら同じようなことを
誰かにしてやりな、それでおあいこだ。
それと妹の手はしっかり握っていろよ」
妹は首をかしげ懐かしそうに木村の目を大きな瞳で見つめ、
男の子は目を輝かせ力強く「うん」と大きく頷いた。
俺は熱いものが胸に込みあがる前に急いでウィンドウーを上げた。

「千バーツやるなんてお前はアホか。相場は10バーツか20バーツだよ。
道路でわずかな金が稼げるから貧しい子供達が道路で働く。
そして、ここでは子供達の傷ましい交通事故が絶えない」
「わかった、わかった」
「木村、俺の注意をよく聞かないとタイで苦労するぞ」
・・・・・・まあ一週間後には頼もしくもあり、
うっとうしくもある前任者とは、さらばだ。
ボルボの革張りのシートに深く身体を沈ませ、
目をつぶる俺の脳裏に忘れられないあのシーンが蘇る。

仙台の西の空は、茜色に染まり、物悲しい夕空だった。
右手は親父の好きな豆腐の入ったスーパーの袋、左手は、
みゆきの小さな手を握っていた。
小さな手の感触が今でも残っている気がしてならない。
俺は、沈む夕日を見ながら、妹と一緒に唄って歩いていた。
ぎん ぎん ぎら ぎら
夕日が沈む・・・・・・
その時、お気に入りの白いゴム製のボールがみゆきの片方の手から
外れて車道に転がって行った。 するっと俺の手から小さなみゆきの手が抜けた。
車道に出た白いボールをみゆきは追った。
そこは見通しの悪いカーブの車道だった・・・・・・。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ



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