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第29話:日本の安全保障をどう確保するか (その1)「安全保障」は広い視野で考えよう:三つの要素

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官
2017年4月19日

第29話:日本の安全保障をどう確保するか  

(その1)「安全保障」は広い視野で考えよう:三つの要素
どの国においても自国を守ることは国家としての最重要な事柄だが、どのように守るかは極めて難しい問題である。自国周辺の状況、国内の諸条件、国民の意向など、様々な要素の中で考えていかなければならないからだ。単一の答えはないが、はじめに「安全保障」を考える基本姿勢について触れてみたい。

まず、「安全保障」を考える場合には幅広い視野をもちたい。一般的に安全保障というと軍事力のことが頭に浮かぶ。たしかに、強大な軍事力を備えている国に刃向うのは実際に難しい。「備えあれば憂いなし」で、強力な軍事力は抑止力になる。また、強い軍事力を持つ国が弱小な国を侵略したり併合する例もある。だから、それを防ぐための一定の効果のある軍事力を備えることは大事だ。

しかし、軍事力は必要であるが、多額のお金がかかる。しかもある国の軍事力が強大だと、他国はそれに備えて自分たちも軍備強化に走る。現在の日中関係にもその萌芽があると言ってよい。中国の高飛車な姿勢での軍事力強化に対処するため日本は防衛力整備を余儀なくされ、防衛予算も膨らんでいる。
軍拡競争を続けるのは多くの国にとって財政的に持たない。結局、軍事力を持続的に増大していくことは難しいし、軍事力だけで安全保障上の安心が得られるわけではない。

軍事力という物理的な要素を「ハード面」と呼ぶなら、ソフト面からも安全保障を考えなければならない。美術、音楽など文化芸術が高いレベルに達し世界から評価を受けている国があるとしよう。あるいは、社会保障制度が完備し国民が豊かで安定した生活を送っている国があるとしよう。
そしてこうした国が他国を攻撃する姿勢を見せず平和的外交を進める場合に、他国から攻撃される可能性は少ない。そんなことをしたら世界中から非難されるだろう。だから、世界から敬意を受ける文化や制度を持ち平和な外交を推進することは安全保障にも寄与するといえる。

世界には無知や誤解や偏見が満ち満ちている。とくに、民族が違うことがきっかけとなって、誤解や無知や偏見が拡大し、国家間・民族間の憎悪を生み、紛争を惹起させ、あるいはこれを助長することがある。政治指導者は自分の目的に沿ってそうした偏見を増幅させようとすることが多い。

誤解や無知・偏見をなくすには、人と人が直接出逢って相手の人柄などを確かめ合うことが最も重要だ。文化交流などを通じて相手の国の素晴らしいところを知ると親近感や信頼感が生まれてくる。国民と国民の間にこういう関係が生じれば、国民の側から戦争に反対する機運が出てくる。

早い話、今日の日韓関係にもこうしたことがあてはまる。日韓両国民が、お互いの悪いところを見ていがみ合っているが、直接会って付き合えば、お互いの良いところがたくさんあることを知る。実際、交流に参加した人たちは、皆このことを体感している。直接交流をし、信頼・友好関係を築くことができれば、それが安全保障に寄与するのは明らかだ。

補足的に述べれば、貿易や投資などの経済関係を緊密にすることも安全保障に貢献する。以前にも指摘したように、現在中国や韓国で作っている製品の多くに日本からの精密部品が多量に使われている。相互依存関係が強まると、経済の盛衰についても運命を共にするような関係になる。
経済関係は経済の論理で動くものだが、切っても切れない関係が出来れば、徹底的な対立は双方にとって利益にならないから、争いを緩和する効果もある。

ソフト面での対応を強化して一定の成果が出れば、ハード面(軍事・防衛)での対応を緩和する余地を生み、高額な防衛費の縮減にも役に立つ。予算的にはソフト面での対策はハード面での対応より遥かに少ないもので済む。

安全保障を確保するための三つ目の要素として、外交の力が挙げられるべきだろう。世界には力を信奉する国があるのも事実だ。第二次大戦中、ヒトラーとスターリンが密約を結んで、バルト三国を強引にソ連に併合してしまった歴史が思い出される。最近の例では、ロシアが国際社会の非難にも拘らずクリミヤ半島を力で併合したことが記憶に新しい。

こうしたことを避けるには、充分な情報収集をして相手国の攻勢や威圧を阻止する行動が不可欠であり、また、不測の事態に備えての同盟国や友好国との連携を構築しなければならない。それは、どれも外交力に依存する。だから、外交にも相当の力を入れて強化すべきことが理解されるだろう。

外交には謙虚さと毅然さとしたたかさが必要になる。謙虚さは、とくに対途上国や近隣国との関係において重要であり、毅然さとしたたかさは高姿勢で出てくる相手に対するときに必要になる。
高姿勢といえば中国、ロシア、北朝鮮などが思いつくが、アメリカに対しても、経済や貿易関係で理不尽な要求をする場合には毅然さやしたたかさが必要になる。 外交においては「パワーポリティックス」が現実である。悪知恵やしたたかさも備えなければならない。

オバマ前大統領は平和的な解決を志向した。イラク、シリアをはじめとする中東政策やアジア太平洋の安全保障政策において米軍の撤退や融和政策をとったことなどにより、「力の真空」が生じ、そこに「力の信奉国家」が進出してきて、平和や安全を損なう結果になったことが批判されている。
強く出るか、柔らかく対処するか、外交は実に難しいが、正確な読みと果敢な行動が不可欠で、大きな軍事力を持たない我が国は、とくに外交の力が大事になる。

自国の安全保障を確保するために、軍事力=防衛力、友好協力関係の強化、外交の力の3要素をどう組み合わせて構築するかについて考えることが重要になってくる。

筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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