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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― エピローグ

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
⇒ Amazonにて好評販売中。
https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22

梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

エピローグ

翌月曜日、事務所に朝から顔を出すと
「所長、どうしたのですか、頭がおかしくなったのですか?こんな早く出勤するなんて初めてですよね」アップンは笑って俺の顔を見つめた。
早いと言っても、もう9時30分を回っている。
「慣れないことはしない方がいいですよ、不吉なことが起きますよ」
アップンが冷やかした直後に、事務所の電話が鳴った。
アップンは電話をとり、
「東京本店の人事課長の大熊さんです」
「木村です・・・・・・はい、承知いたしました。それでは、後任の氏名、今の配属と着任日と便名を教えて下さい。・・・・・・私の帰任はいつからになりますか?二週間後ですね。承知いたしました」

電話を切ってからしばらくの間、アップンと目を合わすことなく沈黙した。
「そういうことだ」元気そうに両手を上げ、伸びをしながら言った。
アップンは急に席を立ってハンカチで目を押さえてトイレに走った。
「急げ、もらすなよ」
いつものようにアップンの背中にデリカシーのない言葉を投げた。

帰国日の前日まで、タイの友人には自分の本帰国を知らせなかった。
ニンにもプーにもプンにも誰にも。
あれから3年も経ったのか・・・・・・。
帰国日の前日の夜、ニンとプーとプンを日本食に誘った。
4人一緒の食事は初めてである。
「明日のお昼になったら開けてね」
封筒を3人に渡した。

帰国便はバンコク発、早朝の8時55分である。
朝6時過ぎに後任者の小林とプラモートが迎えに来た。
渋滞も無く、車はどんどんと容赦なく空港に近づいて行く。
昨日、3人に渡した封筒の中には、タイ滞在中に貯まったお金を入れ、添えた手紙には、
「日本に行ってくるね。しばらく会えないけどまた来るよ。
それまでみんな元気でいてね。
やさしさを思い出させてくれてありがとう」
と書いた。

とうとう車は空港のデパーチャーに着いた。
数年前には想像もしなかった人達との出会い。
タイでいろいろな人達との出会いがあり、そしてそこで学んだものは日本では失いつつある大切なことのように思えた。
お袋が言っていたような俺は人の役に立つ男になったのだろうか・・・・・・皆の顔が浮かんできた。

車を降り、見上げたタイの空は灼熱の太陽が輝き、どこまでも深く青かった
・・・・・・さようならバンコク。
また新しい誰かと会うために、出発ロビーに向かって歩きだした。

その時、懐かしい歌声が風に乗って聞こえてきた。
大合唱だ。

ぎん ぎん ぎら ぎら 
夕日が沈む
ぎん ぎん ぎら ぎら 
日が沈む
まっかっかっか 
空の雲
みんなのお顔もまっかっかっか
ぎん ぎん ぎら ぎら 
日が沈む

ニンとプーとプン、アップンとビッグベアと彩夏とマイ、そしてスラム街の仲間がたくさん。  
みんなの涙の笑顔がそこにあった。
                
                     終わり


ご愛読ありがとうございました。
「スラム街の少女」を書き直すにあたり、新井晴彦先生(脚本家、映画監督)の本作品の脚本を文章、ストーリに随所引用させていただきました。
この場を持ちまして御礼申し上げます。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第三十二話 「第11章 ビッグベアの涙 2」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

翌日も灼熱の太陽が燃えるタイの空はどこまでも青く深かった。
プラモートに土曜の午後出勤を依頼し、ニンのアパートに迎えに来てもらった。午後2時30分にスラム街でビッグベアとプンをピックアップしてナウタニに向かった。ビッグベアとプンはもちろん昨日と同じ格好をしている。二人にとっては、最高のお洒落だ。
車内は、不安と期待であふれていた。
車はナウタニゴルフ場の近辺に差し掛かった。瀟洒な洋館が立ち並んでいる。中でも一際大きな洋館で護衛が門にいたので陸軍将軍閣下の家は、すぐにわかった。護衛にニンの一行が訪問することが伝えられていたのだろう、屋敷内の駐車場に案内される。駐車場にはベンツが2台とボルボ1台トヨタのレクサスが1台が停められていた。
ニン一行は護衛に手入れされた芝生の庭を通って屋敷の玄関に案内された。玄関の前にサパロットとチャイキットが待っていた。サパロットはにこにこ笑ってプンに手を振った。
「さあどうぞ、中に入ってください」チャイキットは皆に言った。 玄関を入ると左側がダイニングキッチン、右側がリビング兼応接室となっている。ダイニングとリビングは仕切りがなく、ただでさえ広い空間が一層広く感じられる。

リビングには10人用の応接セットが2セットと15~6人用の応接セットが1セットあり、
奥の応接セットに、4人の男が座っていた。
一番奥の応接セットに座っていた4人が立ちあがって俺達を迎えた。チャイキットが4人を紹介した。
「主人のウイナー、長男ビーンズと次男スチュワートと弁護士のウイワットさんです」
続いてニンが皆を紹介する。
「こちらがお父さんのビッグベア、サパロットの幼馴染のプン、そしてプンのお友達の木村さん、わたしがニンです」
「さあ、おすわり下さい」ウイナーは皆に座るように薦めて自らも座った。 
「陸軍将軍閣下、お目にかかれて光栄です」眼光鋭いウイナーにニンはそういうと皆を座らせた。

メイドがアイスティーを配り終えると、ウイナーが話し始めた。
「皆さんには死んだ娘の事から話した方が良いでしょう。
末娘のマナーウは生まれた時からの病弱だったのです。小学校の入学時の検査で腎臓が悪いのがわかりました。腎不全でいろいろな透析療法を行いましたが改善されませんでした。
そんな時、腎臓移植が有効だと部下から聞いたのです。部下はそれ専門の医療チームと腎臓提供者を用意できると言いました。それで部下に一切を任せる形になりました。藁をも掴む思いでした。
その時、わが子かわいさのために金に糸目をつけない、生きた子供の腎臓が欲しいと言ってしまいました。マナーウの容態が悪化してきたので腎臓手術を早くできるようわたしは部下を急がせました。翌日、幼い子供の腎臓提供者が見つかったと部下から連絡があって大喜びでした。しかし・・・・・・あの日マナーウは小児腎不全が悪化し心血管病の合併症であっけなく息を引き取ってしまいました。
妻も兄達もそして私にとって・・・・・・突然の死は絶えられない大きな悲しみでした。
突然、ふと私は娘に腎臓を提供するはずの子が気になりました。移植のその日にマナーウが死にました。偶然とは思えなくなりました。マナーウの魂がその子に宿ったような気がしてならなかったのです。私は部下に命じてその子供を連れてこさせました。その子供がサパロットです。その子がどのような経緯で腎臓を提供することになったか部下から詳しく聞いていませんでした。
しかし、当時サパロットが泣きながら誘拐された状況を話してくれたので推察は出来ました。
サパロットを死んだマナーウのように愛してきました。
まさにマナーウの魂がサパロットに乗り移っているようでした。
あれから何年経ったのでしょう。もうサパロットはかけがえのない家族の一員となっているのです。昨日、妻からニンさんの電話の内容を聞き、部下に話しました。
部下は、
「すべてお任せ下さい。閣下は何も知らないことにして下さい」
それで・・・・・・私は部下にすべてを任せることにしました。

サパロットを誘拐した組織はおそらくマフィアのシンジケートでしょう。密告者、裏切り者は地の果てまで追っていきます。
昨日、亡くなられた方には気の毒だったと思っています。しかしこれでこの件には、シンジケートはもう一切係わらないはずです。
いずれにしろ、ビッグベアさんには大変すまないことをしたと思っています。
このとおり謝ります。長い間悲しい思いをさせてすまなかった」
閣下はそう言うと、ビッグベアに深々と頭を下げた。
ビッグベアはサパロットをちらっと見て、
「閣下、頭をあげて下さい。わしのような者に頭を下げないでください。本当のことを言って下さっただけで感謝しています」

ウイナーに変わってチャイキットが続けて話した。
「昨日、サパロットと家族全員で話しをしました。起こったことはもうとりもどすことはできません。でもこれからの未来は人の努力で築けます。サパロットは言いました。お父さんを一人で暮らさせるのはかわいそうで一緒にいたいそうです。でも私達もサパロットのいない生活は考えられません。学校の成績もよく今の学校を続けさせたいとも思っています」
ビッグベアは涙を流しながらチャイキットの言葉に割って入った。
「ノックに学校を続けさせてやってください。俺はノックが幸せで生きていればもういい。ノックをここの家族として育ててやってください」
「おとうさん・・・・・・」ノックは実の父親のビッグベアを見つめた。

チャイキットは話しを続け、
「ビッグベアさん突然ですが・・・・・・どうでしょう、私達家族と一緒に暮らせませんか。屋敷内に祖父が住んでいた一軒屋があります。今は誰も住んでいないのでそこにサパロットと一緒に暮らして下さい。サパロットは普段どおりに学校に通い、私達家族と一緒にご飯を食べます。ビッグベアさんは、この屋敷のガードと庭の手入れを手伝ってください。相応のお給料を出させていただきます」
ビッグベアは突然の申し出に戸惑ってニンと俺を見た。
ニンはビッグベアの代わりに
「少し考えさせる時間をあげてください」とチャイキットに言った。
「そうじゃあないだろう。考えることはない、ビッグベア。すべて完璧なことはない。それと先ほどきれいな奥さんが言ったとおり、時間は逆に戻すことができない。今の話しは現状ではベストだ。将来、変だったらまたそこで考えろ。受けろ、この話」
きれいな奥さんと言われたチャイキットが、俺に急速に好感を持ってか笑いかけている。
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
ビッグベアは皆に頭を下げた。

 「灰皿あります」
 メイドが灰皿をもって来たので、煙草に火を点けた。
「ところで、大将さんでしたっけ。部下がやったことじゃあ、すまされないでしょ。昨日、あんたのせいでシーアって男が死にました。シーアは、今回のノックを誘拐した男です。幼いころ親に捨てられ、売春宿で育ちました。小さいころからずっと悪、そりゃあ、学校にも行けず、地獄のような生活だったからかも。だからって、奴がやったことが赦されるわけじゃあない。同じような不幸な奴でも悪いことをしないで頑張っている奴もいる。なぜだろう・・・・・・シーアは今回、殺されるかもしれないと思いながらノックのことを話してくれた。それでね、シーアの死に際の言葉が「何のために生きてきたのだろう。人に感謝されることを一度はしたかった」なんです。そこで、大将さんに頼みがあります」
ウイナーは、しばらく俺の目を見て、
「なんでしょう?」
「シーアの名前でスラム街の学校に、毎年、寄付をしてくれませんか。学校にいけない子が行けるように。そしたら「シーアさんありがとう」って感謝する子供がいるでしょう」
「わかりました。ほかに何かありますか」
「実は彩夏さんという日本の女性が覚醒剤販売目的不法所持でバンクワン刑務所に入っています。ノックの誘拐事件を調査していて罠にはめられ、濡れ衣を着せられました。無実です。すぐに釈放してください」
「・・・・・・そんなことまで。申し訳なかった。すぐに手配しましょう」
「ところで、あそこにあるブランデーはルイ13世ブラックパールですよね」
チャイキットに言うと、
「良かったら、お持ち帰りください」
チャイキットはご機嫌よくにこにこ笑って俺を見た。
閣下もつい、笑って、
「木村さんって、面白い人ですね。持って帰って下さい。それとこれを縁に我が家に遊びにきて下さい。もちろんニンさんもお願いします。プンちゃん、これからも仲良しでいてやってください」
一週間後にビッグベアは閣下の家に引っ越すことを約束し、閣下の家を去った。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第三十一話 「第11章 ビッグベアの涙」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

第11章 ビッグベアの涙

救急車が来た時は、シーアは既に絶命していた。死体は刑事事件なので警察が引き取る。警察官は二名来て、簡単な現場検証と聞き込みをして遺体を引き取って帰った。実にあっさりしていた。
だいぶ前のだがタイ新聞の記事を思い出した。
「タイでは警官が殺人、誘拐、麻薬売買、違法賭博、売春などの組織犯罪に関わるケースが多い。 タイ人女性実業家一家の誘拐事件をきっかけに、国境警察官のグループが麻薬所持のでっち上げ、誘拐、強盗、暴行、恐喝などを繰り返していた疑いが強まっている。無実の罪で投獄され財産を奪われるなどした被害者は50人以上に上る見通しで、警察は2月6日までに、警官17人、一般人6人を逮捕、警官5人を含む6人を指名手配した」また解説記事にタイの犯罪白書では、公務員の犯罪がトップでその内訳は警察官、軍関係がほとんどであると書いてある。

閣下婦人のチャイキットとの約束の6時は既に30分を回っていた。
ニンがチャイキットに電話をかけた。
「スーパンサーですが、婦人のチャイキットを出して」 家政婦はチャイキットに代わった。
「チャイキットさん、証人のシーアが殺されたわ。誰の差し金かわかるわね」
「本当ですか・・・・・・何も知らないわ。わたしは主人に先ほどのあなたの話をしただけだわ」
「それじゃあ、閣下がそうさせたのね」ニンは単刀直入に言った。
「そんなことをあなたは軽々しく口に出すべきではないわ。口を慎まないと後悔するでしょう」婦人は毅然として言った。
「今そちらに行くわ」ニンも毅然として言った。
「あなた達は来る必要がなくなったわ。もう来なくていいの。サパロットはスラム街にいる父親や友達などに会いたくないと言っているわ。主人も、もう会わなくていい、あなた達がこれ以上連絡してこなければ何も起きないと言っているわ」
チャイキットに電話を一方的に切られた。

ニンは電話の内容をノックの話しを除いて皆に伝えた。
「くそ、やられたな。行くぞ」
「どこに?」ニンは俺を見て言った。
「今行ったら、家に近づくだけで射殺されるわ。タイの軍、警察関係の恐ろしさをあなたは知らないでしょう。ビッグベア、木村さんを捕まえていて」
「わかったよ。俺だってそんなにアホじゃあない。 いい子だからビックベアその手を放しな」

ニンはちょっと考えてから俺に、
「任せて、わたしにいい考えがあるの。ところで秘書のアップンさんの年は幾つくらいかしら?30歳くらい?」
「たぶんね、見た目はもう少し、若いけど、そのくらいだと思うよ」
・・・・・・この際どんな手があるのだろうか?
「それじゃあアップンさんにプンくらいの子供がいてもおかしくないわよね」
「うん」
「明日、木村さんの事務所に行っていい?アップンさんに頼みたいことがあるの」
「よし、ニンの作戦を聞こうじゃあないか」
「そうね、その前にお腹すいたからマーブンクロン(専門店デパートで日本の東急デパートとも連結している)にご飯食べに行かない?そこでプンちゃんの洋服を買ってあげる。 ビッグベアさんのシャツももう一枚買いましょう」
「ノックはなんて言っていた?」ビッグベアはやっとの思いでニンに聞いた。
「ノックのことは何もしゃべっていないわ」あっさりとニンが答えたのを聞いてビッグベアは少し安心した。
「それと、シーアの遺体はどうなる?」
「そうね、司法解剖した後、引き取り手がないので無縁仏に埋められるわ」
「俺、引き取ってシーアの墓を作ってやる。墓にはループ(僧) シーアって書いてやるよ。シーアを殺ったのは、シンジケートの殺し屋だろう。シーアは狙われるのを覚悟の上だったんだろう」
ビッグべアが涙を見せないように上を向くと、
「カイの横に墓を立てて皆でお墓参りしてあげようね」プンが嬉しそうに言った。

ニンがマーブンクロンで皆の買い物のアドバイスをした。 フリルの付いた白のワンピースを初めて買ったもらったプンはニコニコ顔。ビッグベアも清潔そうな白の開襟シャツを買った。
「ゴムゾウリはねぇ」そういって、ビッグベアは革靴、プンはサンダルも買った。
「さあ、明日はみんなでノックと会うわよ」 いたずらそうにニンが微笑んだ。

翌日、俺は大忙しだ。まずニンをピックアップし、その後にクロントイスラム街でビッグベアとプンもピックアップして事務所に向かった。 ビッグベアは清潔そうな白の開襟シャツとグレーのスラックスに革靴、プンは裾にフリルの付いた白のワンピースに白のサンダルと二人とも目一杯のお洒落をしている。

事務所に着き、ニンはアップンにこれまでの事情を説明した。
「陸軍将軍閣下の養女ですか。ちょっと厄介ですね」アップンは話を聞き終わり、困った顔でニンを見つめた。
「アップンさん、お願いがあるのだけれど、まずサパロット(ノック)がどこの学校に通っているかを聞いて欲しいの。調査会社に聞けばすぐにわかるわ。陸軍将軍閣下の家族の情報ならば既に情報蓄積されている筈だわ」
アップンが利用している調査会社に連絡すると、すぐに教えてくれた。
「ニンさん、サパロットは王立バンコク女学院の幼等部の四年生です」
「王立バンコク女学院なの。わたしが行っていた学校だわ」ニンは嬉しそうに微笑んだ。
ニンの父親は国費海外留学をして国立大学の教授をしており、ニンも幼い頃から優秀だった。
「王立バンコク女学院なら勝手は知っているわ。きっと知っている先生もかなり残っているわ、うまくいくと思う。それじゃあ、皆、わたしの話を聞いて。まともにいったら、ビッグベアはサパロット(ノック)に会えないと思うの。サパロットの家は厳重警戒で近づくことも出来ないわ。
サパロットは学校の行き帰りは、車で護衛つきでしょう、護衛がいないのは学校の中だけね。そこで、今日はプンちゃんが編入のための学校訪問調査ということにして学校内に入りましょう。アップンはお母さん役ね、ビッグベアはお父さん。木村さんは召使かな。わたしは紹介者になるわ。 わたしが昼休みになんとかサパロットを会議室に連れていくわ」
「えー、俺がビッグベアの召使かよ。ニン、いくらなんでもそこのとこ、もうちょっといい役を思いつかないものかなあ」
いつもの通り、ニンに無視された。

俺達はオリエンタルホテルの近くにある王立バンコク女学院に向かった。女学院の入口の正門には、守衛が二人いて車に貼られた通行許可のワッペンを確認している。
通行許可のワッペンが貼られていないので守衛が正門の横にボルボを誘導した。
ニンが車から降り守衛に訪問目的を告げると
「覚えていますよ、ニンさんでしょう。どうぞ入ってください」守衛は顔を覚えていた。ニンが12年通った学校である。
「お昼まで時間があるわね、校内を案内するわ」
駐車場に車を止めてからニンは学校内を案内し始める。
「すごーい、図書館もきれいで本がいっぱい。食堂はレストランみたい」プンは自分が通っている学校とは違うと驚いて言った。
ニンは会議室に皆を案内し、札を使用中にする。
「もうすぐお昼休みね。いまから用務員室に行って、会議室の使用許可を取ってくるわ。 それから職員室でサパロット(ノック)の教室を聞いて、先生にことわってからサパロットを連れてくるわ。ここで待っていてね。召使は下の売店で飲み物でも買って来て」
「はい、はい、お飲み物を買ってきます、王女様」

会議室では、静かに時が流れている。
誰も口を開かない。
それぞれの思いが心の奥にある。

しばらくして沈黙を破って、ドアが開けられた。
ニンがサパロットの手を引いて入ってきた。
みんなは立ちあがってサパロットを見つめる。
サパロットは微笑んでいる。
微笑みながらサパロットの目に涙があふれている。
「いつか、いつか迎えに来てくれると思っていたの。雲のように大きかったお父さんが、いつか迎えに来てくれると思っていたの」
サパロット(ノック)はビッグベアを見つめながら一言、一言、区切るように言った。
ビッグベアは、ノックに近づき軽々と抱きかかえた。
「ノック・・・・・・大きくなった」ビッグベアはそれ以上の言葉が出ない。
ノックと会ったら言おうと思っていたたくさんの言葉が、
昨日の晩からずっと考えていた、たくさんの言葉が出ない。
ビッグベアはノックを静かに床に降ろし、膝をついて嗚咽とともに泣きはじめた。
「プンちゃんでしょう」ノックは嬉しそうにプンに抱きついた。
「覚えている?」プンはあの頃によくしたようにノックの頬に自分の頬をくっつけて言った。
「忘れないわ、いつでも一緒だったよね」一緒にご飯食べてお母さんごっこして遊んだよね」
「うん、あの時わたしたちにはお母さんがいなかったから、二人共うまくお母さん役が出来なかったね」
プンが懐かしそうに笑う。
「ノックちゃんは、やはり昨日のことは何も聞いていなかったそうよ」
「昨日のことは何も聞いていなかったわ。今日帰ったら、今のお母さんとお父さんに本当のお父さんと会ったことを話します」しっかりした口調でノックは言った。
「そろそろ授業が始まるわ。サパロット(ノック)行きましょう。お姉さんが教室まで連れて行ってあげる」
サパロットは、ビッグベアとプンともう一度抱き合ってからニンと手をつないで部屋を出て行った。
ニンは会議室に戻って来ると、
「今晩、閣下婦人から電話がかかってくると思うわ。それから今後のことを決めましょう」
「ビッグベア、いつまでも泣いていると部屋が洪水になるよ。さあ行こう」
俺は、ビッグベアの肩をやさしく叩いた。

その日の夜、セプテンバークラブのカウンターにニンといた。ニンが店にキープしてあるバレンタイン17年の水割りを作ってくれる。タンブラーの中の氷と水とウイスキーをマドラーと一体となった細い指がゆっくりと円を描く。
喉を通る時間の凝縮された液体を味わいながら、物悲しいトランペットの響きが心を打つ。流れている曲はマイルス・ディヴィス「死刑台のエレベーターのテーマ」だ。

「わたし二十七歳って知っているわよね」突然、ニンが言う。
「知っているよ」
・・・・・・突然、年の話か。何だろう?結婚したいなんて言うんじゃないだろうか。俺だってもう三十五歳だ、ニンと結婚したら尻に引かれるだろうな。
「わたし・・・・・・大学行こうかな。今日母校に行ったでしょう。高校時代の担任の先生がいたの。今何しているか少し話したら、先生が母校で教えてみないかって言ってくれたの。資格を取ったら、あなただったら推薦してあげるって言われたの。多分、アップンさんのように飛び級して二年で大学を卒業できるわ。あなたから教わったこといろいろな大切ことを子供達に教えたくなったの。お金もある程度貯まっているし、いつまでもここで働いていられないわ。自分の子供のためにもね」
「へー、大学生になるんだ。白のブラウスに黒のスカートか、いいね。彼女が大学生だ。バンザーイ」(タイの女子学生は白のブラウスに黒のスカートを着用している)
「・・・・・・」ニンは相談する相手を間違えたと眉間に指を当て深く反省した。

その時ニンの携帯に着信の光が灯る。急いで廊下に出て取ると
「スーパンサーさんね。チャイキットです」
「はい」ニンは携帯を持って廊下に出た。
「今日、サパロットと学校でお会いになられたようね。サパロットから一部始終を聞きました。あなたに謝らなくてはいけないわね。サパロットには何も伝えていなかったの。どうしてかは察しがつくと思うわ。でも今日サパロットの話しを聞いて、考えが変わったの。彼女の考えを無視できなくなったわ。主人とも相談した結果、あなた達とお会いして今後のことを相談しようと決めました。明日、土曜日の3時にこちらに来ていただけないかしら?」
「サパロットの父親は、1日たりともサパロットを思わない日がありませんでした。それで、あなたにことわりなしに二人を会わせました。そこはお許しください。とにかく明日3時に伺うようにします。良い相談となるようにお願いします。それでは失礼します」
ニンは電話を切るとカウンターに戻り、電話の内容を話した。
「そうか、どうなるのかな?」
「サパロットの気持ち次第でしょう。彼女の気持ちが優先されるでしょう」
「うん、ビッグベアに連絡しよう。連絡した後、鮨屋に行かない?ニンが大学生になるお祝いをしよう」
「はいはい、お祝いが好きなのだから、お店早退するわね」



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第三十話 「第10章 灼熱の思いは野に消えて 4」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

プーから今日から大和で働くと、電話があったのでお祝いにプーと夕食を一緒にすることにした。待ち合わせはタニヤプラザ(タニヤ通りにある専門店ビル)の前だ。
「木村さんありがとう。私と兄の減刑の嘆願書を出してくれたでしょう。兄の刑も被害者からの減刑嘆願書だから減刑されると思うの」
「ふーん、ところでさあ、プーちゃん、日本のお鮨を食べたことがある?」
「スーパーで巻物はあるよ」
「じゃあ、鮨屋に行こうか」木村とプーは、タニヤ通りにある鮨屋に入った。
「プーちゃん、日本酒飲もうか」
「この間、ちょっとだけで、酔っちゃたからどうしようかな」
「たくさん飲んでも酔わないよ。日本では水代わりに飲むんだよ」
・・・・・・水代わりは俺だけかもね。
「イカとサーモンとトロを二人前ずつ握ってそれとエンガワね」木村はプーの分も一緒に注文した。

「あーおいしかった。こんなにおいしいご飯を食べたのは初めて」
プーは嬉しそうな顔をして木村を見た。
鮨屋を出て、プーと大和に入った。
「オッ同伴だね、うちは同伴料高いよ。パーッとドンペリニオンでも開けるかい?」小ママのミィアオが嬉しそうに笑う。
「あらまあ、プーちゃん赤い顔してもう酔っているね」
「木村さんが日本では日本酒を水代わりに飲むって言うから」
「悪いことしよう思ってだいぶ飲ましたな。パンツの中身が見たくなったね、このスケベ日本人」ミィアオは木村に日本語で言った。
・・・・・・プーちゃんは日本語がわからないから安心だ。
つい、うなずいてしまった。
「最近毎日、日本語を勉強しているんだってね、プーは頭良いから少しは覚えたかい?」意地悪そうにミィアオは俺を見ながら言った。
「だいぶ分かるようになったよ」とプーは日本語で答えた。
「そういうことは、早く言って欲しいなぁ。ドンペリでも開けるか」

カウンターで好みのブラディーマリーを飲んでいると、携帯がなり電話をとると、シーアからだ。
「木村さんか?」
「俺だ、シーアだな。電話を待っていたよ」
「ビッグベアの娘の居場所を教える。その代わりに条件がある」
「金か?金なら出さない」
「いや、ビッグベアの家に行って直接話したい。プンにも謝りたい」
「えっ」予想外の言葉だった。
「とにかく明日、朝10時頃クロントイのスラム街まで行く。入口に迎えに来てくれないか」
「わかった。10時に待っている」
・・・・・・何かの罠だろうか?しかし、受話器の向こうから伝わってきた雰囲気は嘘ではないような気がする。
携帯でビッグベアとニンに連絡し、明朝マイの家に9時に集合することにした。
翌朝、マイの家に皆が集まった。 ビッグベアは興奮して眠れなかったのだろう、目が赤い。
「もう行こう。ビッグベアは立った」約束の30分前である。
俺たちは、クロントイスラムの入口でシーアを待っていた。約束の10時にクロントイスラムの入口に車が停まり、一人で来たシーアをビッグベアと一緒にニンが待っているマイの家に連れて行った。
ニンが口火を切った。
「約束を守ったわね」
「あの子がそうさせた。俺の良心を引きずり出したのさ」プンを指さしながらシーアは穏やかな表情で言った。 シーアはゆっくりと5年前を振り返り、話し始めた。
「俺は親父に捨てられ売春宿で育った。売春宿の主人はカンボジア国境やイサーン地方(東北地方)に女の子を買いに行って、売春婦として働かせていた。
俺は18歳になると、主人の運転手として女の子を買いに地方に行くようになった。 そこで、俺は臓器売買のシンジケートの連中とも接触するようになった。そして、俺はシンジケートの手先になったのさ。俺は貧しい臓器提供者をシンジケートに渡し、信用ってやつをつけていった。
臓器が欲しい奴はあきれるほど多く、いくらあっても足りなかった。中国やフィリピンって国では、政府の役人が臓器売買の制度化に動いているそうだ。
あんたの国でも、ドナーとかいうのからもらった内臓移植が、毎年千以上あるってさ。それは上面の数字だよ。 実際はアメリカでもヨーロッパでも日本でもばれたらやばい臓器売買による臓器移植が ほとんどだ。日本人は、東南アジアに来て売買された臓器の移植手術をする。
タイの地方の農家ではいくら働いても借金が増えるだけだ。借金の利息でまた借金が増える。手っ取り早い現金収入は子供を売ったり、大人は自分の臓器を売ることだ。
誰も喜んだりしない。それしかねえんだ。子供を手放す時は、前の晩に子供に餅米と好きなおかずを食べさせるんだ。 子供を手放す親の心はあんたら日本人と同じだよ。母親は一晩中、泣き明かす。
家族の誰かが犠牲になり、誰かを生かすためだ。その悲しみとやるせなさは人の心から希望と勇気をつぶしていくんだ。がらにもなく、ちょっとしゃべりすぎたな。肝心なビッグベアさんの娘の話に戻そう」シーアは出されたお茶を飲んで話しを続けた。
「あの日、シンジケートから急ぎの注文があり、金はいくらでも出すので至急子供の腎臓が欲しい、生体移植をするので子供を一人確保するようにとの指示だった。時間がなかったのでクロントイスラムの子を確保しようと俺は思った。俺は仲間二人とクロントイに行った。そこでたまたま一人でいたノックをさらった、すまなかった」
「その先を話せ」ビッグベアは堅く拳を握りしめ、シーアを睨んだ。
「シンジケートの指令は倉庫の裏の船着場に船を着けるからそこで受け渡しをするようにとの指示だ。船は時間通りに着き俺達はノックを入れた木箱ごと渡して現金を貰った。
普段と違ったのは、いつもとは違ってシンジケートの奴らのほかに二人の男がついて来たことだった。俺はその二人が警察か軍に属する組織的に訓練された男だとすぐに分かった。
上官と思われる男が言った「急げ」という命令にもう一人の男が「了解です」と言って敬礼をしたのだ。
上官はそれを見て舌打ちし、こちらを見たんだ。
俺はなんかやばそうだったので気がつかないふりをしたよ。
俺達がノックを引渡し、倉庫に戻って来た時、お前が来た。連中が去って5分も経っていなかった。その後はビッグベア、あんたの知っている通りさ。
俺はあの時、捕まって刑期10年を言い渡された。しかし、いつの間にか刑期が大幅に短縮されて4年ちょっとで放免された。しかも、預金を調べて見たら毎月2万バーツずつシンジケートから振込みがされていた。
俺はおかしいと思った。ひょっとして、俺は知らないうちに何か重要な鍵を握っているのかも知れないと思った。いくら考えても何も思い当たらなかった。ただし、シンジケートのやつらと一緒について来た男達の想像はついたよ。
現役の陸軍部隊だ。俺は国立図書館に行き当時の新聞記事やら雑誌記事等を読みあさった。新聞記事には何も書かれていなかった。俺は帰り際にゴシップ雑誌を買ってぺらぺらめくっていたら、元女優の陸軍最高幹部婦人が孤児院を見舞いに行った記事が載っていた。同行した10歳の養女のサパロット(パイナップル)の写真も一緒に写っていた。俺は、軍、養女、十歳・・・・・・ひょっとしたらと思った。
調べたら陸軍最高幹部の家は、バンコク市内にあるナウタニゴルフ場の近くにあった。俺は陸軍最高幹部の家の近くで聞きこみをしようと思った。ひょっとしたらうまい儲けになるかもと思ったんだよ。ゴルフ場につながる道路の両側には洋館が立ち並んでいたよ。駐車場には、ベンツとか高級車がごろごろしていた。俺は陸軍最高幹部の家の近くにある雑貨屋のばあさんに、チップをやって聞き込みをした。陸軍最高幹部の末娘は小さい頃から身体が弱かったらしい。なんでも七歳の頃、小児腎不全で心血管病の合併症で死んだそうだ。亡くなったと同時に今の養女サパロットが来たそうだ。
おそらく、なくなった末娘の容態が急変し腎臓移植前に死んだのだろう。詳しい事情は分からないが、養女のサパロットは、ノックに間違いない」
シーアはそう言って、持ってきた雑誌を出してノックが写っているページ開いた。ビッグベアは雑誌を奪い取るようにして写真をくいいるようにして見た。
ビッグベアの目からどっと涙があふれ出た。その子はピンクのワンピース姿で長髪を後ろで止めている。白いソックスにワンピースと同じ色の靴を履いている。
「間違いないノックだ。小さい頃に俺がミルクをやったあの口元、母親にそっくりな目と口元だ。俺の子のノックだ・・・・・・大きくなった」
ビッグベアの雑誌を持つ手が震えている。
「ノックだ、きれいなお洋服着ているね。あたしもこんな洋服着てみたいな」雑誌をプンが覗き込んで笑って言った。
「おい、すぐに取り戻しに行こう」俺はビッグベアの肩を叩いた。
「一人にしてくれないか」ビッグベアは立ちあがるとそう言ってプンの家を出て行った。
「どうしたんだ?」ニンの顔を見た。
「ノックの育った環境と自分の今の環境を比べて差がありすぎるからノックにとってどちらが幸せか考えたのでしょう」
「なーに考えているのだ、あほか。ビッグベアはノックの親だぜ」
皆が止める間もなくビッグベアを追った。初めて入ったビッグベアの家はきれいに片付けられている。棚にはノックと母親の写真が立てかけられていて、その横の壁には5歳のノックの洋服がかけられている。ニンとプンが心配をして木村の後を追ってビッグベアの家に入って来た。
「ビッグベアどうしたんだ、ノックに会いに行こう」俺はビッグベアを見つめ静かに言った。
「ノックちゃんに会いに行こうよ」プンはビックベアの手をとって言った。
ビッグベアは俺の顔を見ながら顔を横に振った。
「何故、会いに行かないんだ?ノックがいい暮らしをしているからか?」
「ノックにとって俺が現れないほうがいいような気がした。大きくなったノックをそっと見ることができればそれでいい」ビッグベアは自信がなさそうに言った。

「ビッグベア、親の経験がない俺が言うのもおかしいが、
親になる資格ってないよな。誰でもなれるよな。
でも親でいる資格はあると思う。・・・・・・それは子を思う、子を愛する心を持っていることだと思う。
俺の家は貧しかった、両親は働いていた。子供4人を食わせるのがやっとだった。
毎日、ご飯のおかずはお袋が働いていたスーパーの残り物だ。でも、3人の子供の誕生日は豪華だった。必ず好きな食べ物とケーキを買ってくれたよ。俺の誕生日にはもちろん大好きなウインナーをいっぱい焼いてくれた。そしてわたしの子が一年間無事に育った、大きくなったってお袋が喜んでくれた。貧しかったがうれしかったぜ。
ビッグベア、そこに掛けている服はノックのだろう。毎日、毎日見てきたんだろう。お前には親でいる資格がある。さあ、連絡しよう」
シーアがビッグベアの家に入って来た。
「すまなかった。俺は親の愛情を知らない。木村の話しを聞くと親っていいなと思った。親から子供を奪った俺の罪は重い。自首する前に役に立つことがあれば何でもする。それとこの預金通帳の金を使ってくれ。これはビッグベアとノックのものだ。俺は刑期を終えたら仏門に入る」
差し出した通帳には、50万バーツもの大金が預金されていた。
「お前からの金など受け取れねえ」ビッグベアは吐き捨てるように言った。
俺は預金通帳とキャッシュカードをシーアから受け取り、ビッグベアに渡して言った。
「受け取ってやれ、ノックの役に立つ」
ビッグベアは黙って頷いた。
 いきなりビッグベアから連絡をするより、わたしが代わりに連絡するわ。シーア、電話番号は分かっている?」ニンはシーアに言った。
 「調べておきました。陸軍最高幹部の自宅の電話番号です」
シーアは電話番号の書いた紙をニンに渡した。ニンはちょっと考えて携帯を取り出し、ダイヤルをプッシュした。

皆は緊張した面持ちでニンを見つめている。
「陸軍将軍閣下のお宅ですか?」
「はい。どちら様ですか?」家政婦が電話に出た。
「私はスーパンサーと申しますが、閣下夫人はご在宅ですか?」
「どのようなご用件でしょう?」
「娘さんのサパロットの件でご夫人に直接お話をさせていただきたいのですが」
「お待ちください」
数分が過ぎただけであるが、気の遠くなるような時間に思えた。
「チャイキットです。娘のことでどんなお話でしょうか?」
「娘さんサパロットの実の父親がここにいます。娘さんと会わせていただけないでしょうか?」
ニンはストレートに切り出した。
「・・・・・・」受話器の向こうの沈黙が緊張となって部屋に広がって行った。
「確かなことですか?」
「はい、5年前に誘拐にかかわった人もここにいます」
「・・・・・・わかりました。そちら様は今どこにいらっしゃいますか?」
「クロントイスラム街です」
「両親はスラムの方ですか?」
「はい、母親は出産時に死にました、父親は今そばにおります」
「突然のことなので、いろいろと確かめたいことがあります。今、娘のサパロットもおりません。主人と相談してそちらに電話します。よろしいですか?そんなにお待たせしません。」
「電話をお待ちします」ニンは自分の電話番号を伝えて電話を切ると皆に話の内容を伝えた。
「閣下婦人チャイキットは、上品に取り乱さず対応をしてくれたわ。電話を待ちましょう」

30分後ニンの携帯が鳴った、チャイキットからの電話だ。
「主人に話したら、主人がお目にかかりたいと申しております。夕方6時にこちらに来ていただけますか?」
「はい、それでは私とサパロットさんの父親と当時かかわった人と父親の友人の日本人とサパロットの仲の良かった子供の5名で伺います」
「家は分かりますか?」
「はい、わかりますナウタニですね。それではお伺いしますので、どうかよろしくお願いいたします」
「お待ちしております」

ニンはチャイキットからの電話の内容を皆に伝えた。思った以上にすんなりいった。
「5時過ぎにここを出ましょう。まだ時間があるわよね、ちょっと着替えしてお洒落しましょうね、プンちゃんもお洒落しようね」
「6時だって、夕食が出るかもね」俺はVサインを出して笑った。
「それじゃ、運転手はプラモートさんにお願いしましょう。5時過ぎにスラムの入口で待ち合わせね」

5時過ぎに皆はスラム街の入口の道路に集まった。
「ビッグベア、そのネクタイとシャツの色はどうかな?」
俺がつい言った本音をビッグベアは気にした。
「新しいシャツとネクタイを買ってきたんだけど、似合わないかな?」ビッグベアはがっかりして言った。
「そんなことないわ、すてきな色よね。黒いシャツに赤のネクタイっていいわよ」ニンが俺をつついてウィンクした。
「そうかな、俺にはどう見てもやくざにしか見えないけどな・・・・・・。まあ、服なんかどうでもいいよな。さあ、行くかプラモート、行き先はナウタニだ」
プラモートがレンタカーでワゴン車を用意していた。

ビッグベアが手配したワゴン車の後部座席に乗りこんだ。
その後にシーアが乗り込もうとした時、パーン、パーン、パーンと三発の銃声音が立て続けに響いた。
シーアが胸を押さえて倒れこんだ。10メートル後方にいつの間にか車が停まっていた。銃を撃った男が車に乗り込むと急発進して通り過ぎて行った。
俺は、急いで降りてシーアを抱え起こした。皆も急いで降り、シーアを取り囲んだ。
「しっかりしろ」
・・・・・・胸に二発、腹に一発命中しているプロの仕業だ。
プラモートを見ると顔を横に振った。
「救急車を呼ぶわ」ニンは震えながら携帯を取り出した。
「木村さん、もうだめだ・・・・・・空が青いなあ、まぶしいよ。何のために生きてきたのだろう。人に感謝されることを一度はしたかった・・・・・・プンちゃんありがとう」
「今日、いいことしたじゃあないか」
シーアは俺の言葉に、にっこり笑って目を閉じた。
「シーア、今度生まれてくる時は幸せになってくれ」
そっとシーアの目を閉じた。

・・・・・・貧しさと世の中に対する燃えるような憎しみ、シーアの灼熱の思いは、風に運ばれ、野に消え、亜熱帯に咲き乱れる赤い花になったのだろうか。  



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第二十九話 「第10章 灼熱の思いは野に消えて3」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
⇒ Amazonにて好評販売中。
https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22

梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

アユタヤは、バンコクから約80キロ離れた古都で、東西約7キロ南北約4キロの小さな街。約400年王朝の首都として繁栄し、王宮寺院をはじめ多くの遺跡がある。17世紀には1500人ほどの日本人が住み、山田長政で有名な日本人町もある。この王朝は17世紀末にビルマ(ミャンマー)軍によって壊滅状態にされ滅びた。
このアユタヤは青空の下に遺跡が割拠し、首のない仏像が立ち並んでいる。ビルマ軍がほとんどの仏像の首を奪っていったのだ。

シーアとクンは、アユタヤの学校の近くにアパートを借りた。家賃が月2000バーツの木造のアパートだ。住居人は学生が多い安アパートで、道路に面している一階は駄菓子屋で、大家が住み経営している。
ホテルを避けた。指名手配されているかも知れないと思った。実はシーアの預金通帳には50万バーツ近く預金されていて当分、金には不自由しない。
シーアは、二階の窓から広がるどこまでも深く青いアユタヤの空を見ていた。 空の青さは、シーアの胸に安堵ではなく、物悲しい思いをしみこませていった。二本目のタバコに火を点け、シーアは思った。

一緒に監禁していたカノムがシーアにプンを助けてと哀願したのを思いだした。「お願いこの子は無事に帰してあげて。この子は父親が死に、母親に捨てられたわ。でもこの子はいつも笑顔を絶やさず道路で花売りをしていたの。お兄ちゃんも目の前で、交通事故で死んじゃったの。スラムの皆はこの子の成長を願っているの。この子の笑顔を見ていると自分もがんばろうと勇気がわくの」
・・・・・・プンという子は不思議な子だ、あの子には人を癒す力があるのだろうか。死んだファイがずっと俺の傍に居たのは何となく分かっていた。
「歯がない髪もむしられてないお姉さんが、おじちゃんと一緒にいたよ、かわいそうねっていったら、お姉さんが笑ったの。そしたらお姉さんの髪がもとに戻って歯が治ってきれいなお顔になって・・・・・・ありがとうっていったわ」
あの子はそう言った。ファイはあの子の不思議な力で成仏したのだろうか。あれから俺は憑きものが取れたようだ・・・・・・木村という奴はどんな奴なんだろう。あの子は、泣きながら木村に走っていった。何故スラムの連中を応援するのだろう。あのビッグベアもノックが生きていると言ったら、あのでかい図体で目に涙を浮かべやがった。
シーアは、ノックについて知っていることをニンに教えるかどうか迷った。
その日の晩、シーアは、夢を見た。いつものとてもリアルな夢だった。でも少しだけ、いや全然違う夢だった。

俺とそっくりな親父の手が伸びてきた。
腕の汗が太陽できらきら光っている。
親父は俺を抱えあげて川に落とそうとした。
俺は必死で親父の腕にしがみついた。
親父は振り払うように俺を川へ投げ捨てた。
俺は必死で水の中でもがいたがもがけばもがくほど沈んでいった。

いつもなら、ここで夢が終わる。
その晩は違った。
親父が泣いている。
泣きながら川に飛びこみ、沈みかけた俺を引き上げ川岸にあがりまだ息をしている俺を見て、この俺を抱きしめたのだ。
売春宿の親父は、橋の下でつりをして一部始終を見ていて近づいてきた。
親父は、その男が差し出すお金をぎゅっと握りしめて走って行った。
ファイが近づいて来る。長い黒髪に大きな目のファイが微笑んでいる。あの時の綺麗なままだ。
その隣にまばゆいばかりの光に覆われたプンがいる。プンが少女とは思えない穏やかな口調でシーアに語りかけてきた。本当にプンが喋っているのだろうか?
「シーア、あなたは父親に殺されかかったわ。
あなたは心の奥底に激しい怒りと憎悪を持ったわね。
頼りにしていた、愛していたその大きな手が、あなとを殺そうとしたのですからね。幼いあなたの心には耐えられない悲しみと恐怖だったわ。
それから売春宿で親から捨てられた少女達のやり場のない憎しみや悲しみをあなたは一身に浴びたわね。
あなたの憎悪は、少女達の怒りと悲しみで膨れ上がって大きな負のエネルギーとなってしまったわ。
その負のエネルギーがこれまであなたを動かしてきたのね。
あなたはその負のエネルギーのままにこれまで過ごしてきたわ。
抗うより同調するほうが楽だったからですよね。
今日、あなたに真実を知ってもらったわ。
あなたのお父さんはあなたを見捨てなかったわ。
ファイはあなたが財布を盗んだことを知っていたのよ。
あなたの身代わりになったの。盗みをした子の手を鉈で切るのを見たことがあったから弟に似ているあなたが盗んだと言えなかったの。
          拷問の苦しみであなたが財布を盗んだと言ってしまうのが怖く自殺したの。
あなたのこと最後までかばえてよかったって言っているわ。
ファイがやさしく微笑んでシーアを見つめている。
あなたは心が強い人です。その強い心を良い方向に使ってね。
いいことを教えてあげるわ。
あなたとビッグベアと木村さんは魂の仲間よ。前世では仲間として一緒に戦っていたの。
木村さんは、私が日本で生まれた時に兄だったわ。
私達を助けるためにバンコクに来てくれたの」
不思議な夢だった。
シーアは泣きながら目覚めた。親父は俺を見捨てていなかったのか。俺を抱き上げてくれたのか。溺れかけた俺を誰かが抱き上げた記憶がうっすらと蘇ってきた。やさしくしてくれたファイが自殺した時以来の涙だった。何故だろう。シーアの心は癒されつつある。プンという子供の不思議な力なのだろうか。ふと木村の顔が浮かんできた。やさしい目の男だ。
あの男はこのタイの空の下、なんの得にもならないことに命を張る。
・・・・・・危険が迫るかも知れないがビッグベアに娘の居場所を教えることにしよう。俺はどうやってこれまでの罪を償おうか。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第二十八話 「第10章 灼熱の思いは野に消えて 2」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

ファイは手足を縄で縛られ、地下室に裸で放置されている。ファイは痛みで朦朧としながら田舎の家族を思い出していた。
両親とおばあちゃんと二人の弟と一人の妹の七人家族だった。
毎日、一番下の弟を背中におぶって家の手伝いをした。家には小さな田んぼと畑があった。朝は田んぼに行って蛙をとる。取った蛙を家族で食べる。畑にはライチとマンゴが植えられていた。収穫の時は家族そろって畑に出た。夕日が落ちるまで働いた。ライチのみずみずしい実を弟の口に入れてやった。
その日の夕食はいつものカレースープとなまずの塩づけ、焼きおにぎりの他に炙った鶏肉があった。炙った鶏肉はごちそうだ。
母親が今晩はたくさん食べなと鶏肉を炙ってくれた。母親はあまり食べなかった。
夕食が終わると、父親が昼間バンコクから訪れた男からもらった甘い餅菓子を子供達に分けてくれた。父親は男からもらったウイスキーを飲み出した。
ファイは昼間のその男が好きになれなかった。父親にじっとしていろと言われたので我慢したが、身体のあちこちを触った。恐さと恥ずかしさで泣き出しそうになった。

酔った父親が小さな声で話し始めた。
「ファイ、明日からバンコクで働いてくれ。お前が働かないと家族が生きていけない・・・・・・。昼間の男が明日の朝には迎えに来る」
「お父さん、何で金持ちと貧乏な人がいるの?」ファイが突然聞いた。
しばらく考えて父親が言った。
「お父さんには学問はないが・・・・・・小さい頃にお寺のお坊様に同じことを聞いた。お坊様は言った、磨くためだそうだ。
人もルビーも磨いて綺麗な光を放つようになるのだそうだ。人の魂はそうすることが必要なのだそうだ。金持ちに生まれた次ぎは貧乏に生まれる。貧乏に生まれて次ぎは金持ちに生まれる。
そうして人の心が磨かれると言っていた。
お坊様は言った。どんなに辛い時でもやさしさを忘れない。嘘はつかない。人のものは盗まない。人に悲しい思いをさせないで生きなさいってね。
ファイ、お父さんはお前に何もしてあげられなかったよね、でもお父さんはいつも、いつもファイの笑顔が大好きだ」 母親は下を向いていた。涙が床に落ちていった。
ファイはおいしそうに餅菓子を食べている弟を見つめていた。

ファイは知っていた。誰がフォンの財布を盗んだのか。フォンがトイレに行った後に、シーアが部屋に入って行ったのを見た。
主人がそれを知ったら大変なことになる。恐らく鉈でシーアの片方の手首を切り落とすだろう。以前に盗んだのが見つかって鉈で手を切られた子供を見たことがある。
・・・・・・あんな幼い子にそんなことはさせられない。
どうして良いか分からずファイは泣いた。
それから三日間、盗んだと言わないファイに対して主人とフォンのリンチが続いた。ファイの自慢の黒髪は引きぬかれ、前歯が折られた。
地下室から断続的に悲鳴が聞こえている。

シーアは悩んだ。悲鳴が聞こえる度に自分がやったと、名乗りでようかと何度も思った。
・・・・・・もう遅い。遅すぎる。おいらがやったとわかったら、もっとひどい目にあうだろう。ファイに対するお仕置きは3日間も続いているからもう終わりだろう。おねえちゃんに、今晩、そっと地下室に行って食べ物とお水を持っていこう。

夜11時を回った。シーアは主人が酔っ払って寝てしまったのを確認し、地下室にそっと降りて行った。
扉には鍵がかかっていなかった。
扉を開けると手足を縛られたファイが転がされている。
「ファイ・・・・・」シーアは絶句した。
シーアはファイの変り果てた姿を見て涙を流した。
急いで縄を解いてファイを起こし、もってきた水を飲ました。
ファイは水をおいしそうに飲むとシーアを見つめ、
「わたしの弟そっくり」
シーアの頭をなでて笑った。切れた唇が痛々しかった。
「シーア、明日お誕生日でしょう。あたしの部屋の洋服が入っているケースの上を見てごらん。ミニチュアカーのプラモデルを買っておいたよ。あなたを見ていると弟を思い出して懐かしくて、悲しくても元気になれたわ。早く行きなさい、見られたらあなたもひどい目にあうわ。さあ、早く行きなさい」
翌朝、シーアの誕生日の朝、ファイは縄で首をくくって死んでいた。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第二十七話 「第10章 灼熱の思いは野に消えて」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

第10章 灼熱の思いは野に消えて

シーアとクンは、ウドムスック近くのバンナーの高速入口から高速道路にのり、ドンムアン空港方面に向かった。
「どこに行くの?」
「しばらくアユタヤにでも行くか」
「あんたの田舎アユタヤなの?」
「俺に田舎なんかねえよ」
アユタヤへはドンムワン空港近くの高速出口からバンパイン方面の一般道路を走っていく。シーアは両腕に刺青をしている。車を走らせながら自分の腕の汗が太陽できらきら光るのを見た。
そっくりの腕だ。シーアは夢に何度も出てくるシーンを思い出した。
鉄屑の入ったリヤカーの後ろに座っていた。親父は工場の跡地で鉄くずを拾い集めている。太陽の光が鉄に当たり反射する熱でリヤカー内は、40度を超えていただろう。俺は四歳か五歳くらいだったのだろう、正確にはわからない。お袋は数日前からいなくなっていた。どんなお袋だったか、顔を思い出せない。
夜、お袋に抱かれて寝た温かみだけがわずかに思い出される。
暑くて、腹が減って、喉が渇いて、俺は泣き出した。
「おなかがちゅいたよ。のどもカラカラ、お水ちょうだい」
親父は黙ってリヤカーを引いた。俺は泣き続けていた。
橋にさしかかるとリヤカーを止め、周りに誰もいないのを確認する。
親父がリヤカーの後ろにやってきた。
手が伸びてくる。
腕の汗が太陽できらきら光っている。
親父は俺を抱えあげ、川に落とそうとした。
俺は必死で親父の腕にしがみついた。
「おなかちゅいてない、ちゅいてない」
親父は振り払うようにして俺を川へ投げ捨てた。
必死で水の中でもがいた。もがけばもがくほど沈んでいく。水の中で意識はだんだん遠ざかっていった。
川岸に打ち上げられた俺を拾って帰ったのは、トンブリにある売春宿の主人だった。そこには10代~20代前半の若い女の子が働いている。女の子はカンボジア国境付近の難民やイサーン地方(東北地方)の農家出身がほとんどだ。売春宿の主人が僅かな値段(5000バーツ~)で買ってきた女の子だ。
女の子たちは、寝る時間を除いて客をとらされる。
生理の時を除き、まるまる一週間働く。休日は年末年始の2日だけだ。
人気のある子は1日20人以上の客をとる。トンブリ地区は、外人は住んでいない。客のほとんどがタイ人。一回の値段は300バーツ。
3年間は、女の子には飯が与えられるだけで客のチップだけが収入源となる。
3年~5年働くと自由になる。稼いだ金の1/3が自分の手元に残るようになる。
売春宿を出て行っても良い。が、なかなか出て行けなくなっている。世間を知らない。右も左もわからない。世間も受けつけてくれない。身元の保証がないので働き口がない。
たいていの女の子たちは、身体がボロボロになって働けなくなるか、エイズにかかるまで働く。幼い体で稼いだお金を貧しい家族のために送る。

拾われたシーアは、売春宿の女の子の小間使いをして育った。20人の女の子の下着を洗った。おやつのガイヤーンやソムタムを頼まれて屋台に買いに行く。   
生理用品から爪きり、マ二キュアやら何でも必要なものも買いに行く。女の子のご機嫌がいいとお駄賃に1バーツもらえるが、めったにあることじゃあない。 
シーアはそこで働く女の子のストレスのはけ口になることの方が多かったのだ。売春宿の主人の狙いだ。女の子のストレスのはけ口にシーアを飼ったのだ。  
虐げられた社会では自分より惨めで劣勢な者が必要なのだ。
売春宿の女の子の多くがシーアをよくいじめた。買ってきたものの色が気にいらない。間違えたと言われ蹴られ、のろいと言われては殴られ、返事をしないと言われては髪の毛を千切れるまで引っ張られる。
シーアにいつもやさしくしてくれる子が一人いた。名前はファイ(火)で、12歳でコラートから買われて来た。髪を背中まで伸ばし、目の大きいきれいな子だ。3年働いて16歳だった。
ファイはシーアを見ると弟を思い出した。いつも弟を背中におぶって畑で働いた。畑でライチの実を弟の小さな口に入れるのが楽しみだった。ファイはシーアにお金やお菓子をくれた。

シーアが九歳の頃だった。2階の廊下の奥にあるフォン(雨)の部屋に洗濯物を取りに行った。
ベッドの上にピンクのビニール製の財布が置いてあった。トイレに行ったのかフォンはいない。スーパーで日本車のミニチュアカーが200バーツで売っている。さっき見たらピカピカに光っていた。欲しかった。シーアは夢中で財布をパンツの中に押し込んだ。廊下に出るとフォンがトイレから戻ってくる足音がする。急いでフォンの隣にあるファイの部屋に逃げ込んだ。ファイは一階の食堂にご飯を食べに行っていなかった。
財布が無いのに気がついたら、一番に疑われるのは自分だと思った。ばかな事をしたと思ったがもう遅い。魔がさしたというかつい夢中でしてしまった。部屋と言っても壁があるわけではない。天井までないベニヤ板で仕切られているだけだ。シーアは息を凝らしてじっと隣の様子を窺がった。
隣の様子が手に取るようにわかる。
フォンは騒ぎ出した。
「財布盗まれたよ」フォンは大きな声でわめきはじめた。
フォンは部屋を出て、一階の主人の部屋に走って行った。
シーアは恐くなりパンツの中から財布を取り出し、ファイのベッドの下に財布を投げ入れた。シーアはそっとファイの部屋から出ると一階にそっと降りて行った。
主人の部屋ではフォンが泣いていた。両親にお金を送る前で、財布には2000バーツ以上入っていた。フォンは主人に自分がトイレに行っている5分くらいの間に盗まれたに違いないと言った。
「大丈夫、今直ぐに見つかる」主人がフォンを連れて客引きの部屋に行くと、そこには化粧を直している子や雑誌を読んでいる子やおしゃべりをしている子が10人近くいた。
この部屋にどのくらいの間、居るのか主人が一人一人に聞いた。皆は30分以上前から客を待っていると答えた。客を取っている子以外は食堂にいる。
主人とフォンは食堂に行った。そこに居た7人の女の子達にも同じような質問をした。ファイを除いて皆、食堂でご飯を済ませていた。
運の悪いことにファイはフォンがトイレに行った後に部屋を出て、食堂に来た。まだ食事を始めたばかりであった。
主人はファイが怪しいと思った。シーアは外に居て洗濯をしている。
主人とフォンはファイを地下室に連れて行った。
いきなりファイの頬を叩き、正直に白状すれば今回は許すと主人は言った。
ファイは何を言っているのか分からない。何もしていないと泣きながら主人に訴えたが、
「お前しかいないだろ、白状しろ。自分から白状しないと見せしめのため痛い目に合わせるぞ、お前は客の人気もあるから白状すれば、今回だけは許してやる
ファイは顔を横に振った。
主人はファイの衣服をはがして裸にしたが財布は出てこない。
「フォン、ファイの部屋を見て来い」 フォンは急いで二階のファイの部屋に行った。部屋には家具らしいものはない。ベッドの横の小さなサイドテーブルとスチールパイプのとビニールでできた衣装ケースだけだ。サイドテーブルの引き出しを開けるとファイの家族の写真が一枚あった。両親と弟とファイの四人が写っている。フォンは写真を取り出すと破り捨てた。衣装ケースの中の洋服を全部出して調べたが何も出てこなかった。
フォンは念のためベッドの下を覗いた。
あった、大切な財布があった。小学校の時に父が買ってくれたビニールのピンクの財布だ。 財布の中を確認するとさっき数えたばかりの2千4百バーツがちゃんとあった。フォンは財布から紙幣を抜き出し、地下に行った。
地下室に入るといきなりファイの髪を掴んで引きずり倒した。
床に倒れたファイの顔を踏みつけ、
「財布がこいつの部屋にあった。でも中は抜かれて1バーツもない。どこにやった。出せよ。泥棒」フォンは金切り声を出しながらファイの腹を蹴った。
「そうか財布は見つかったんだな」
主人はそう言うと倒れているファイの傍にしゃがみこんだ。
「嘘をついたらいけないよな。ファイ、舌を出しな。嘘を言えないようにしてやろう」ファイの顔を起こした。
ファイは恐怖で目を見開き、頭を振り、もがいた。主人は拳で顔を殴った。
「フォン、押さえていろ、鋏で舌を切ってもいいが・・・・・・」
フォンはファイの手を押さえた。主人はファイの口をこじ開け、点けた煙草の火を口の中に押し込んだ。
「うわあぁー」物凄い悲鳴があがった。
「お前のお手も悪いな」
主人は新しい煙草に火を点け、右手を押さえ敏感な指先に火を押し付けた。
ジュウっと肉が燃える音と蛋白質のこげた臭いがした。
ファイは気を失った。泣きながら気を失った。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第ニ十六話 「第9章 悪魔の日曜日 5」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22

梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

シーアは2階の駐車場へ走った。エレベーターを使わずシーアは二階の駐車場へ階段を駆け下りた。ちょっと遅れてクンとプーが付いて走った。
駐車場に停めてある黒のワンボックスカーが見えた。
(車までもうすぐだ・・・・・・)
シーアがホッとしたとその時、後ろで悲鳴があがった。
突然、クンがしゃがみこんで額に手を当てた。
額から血が滲んでいる。
クンの額とプンを掴まえていた手に、立て続けに親指大の大きさの石が当たったのだ。
プンはクンの手を振り解くと、後から走ってきた俺に走ってきた。
プンは夢中で走った。
「おじちゃーん」プンが泣いて一生懸命に走って来た。俺はしっかりとプンを抱きとめた。
ナカジマがパチンコから放った石がシーアの額に命中した。シーアは、膝をつきながら、拳銃をナカジマに向けて2発続けて打った。

ビッグベアとニンが駐車所に待機していて、シーアを取り押さえた。
「シーア、おまえだったのか」ビッグベアは、はき捨てるように言った。
「・・・・・・」シーアは、以前にビッグベアに失神するほど痛めつけられている。
ビッグベアはシーアに近づき、襟を掴み持ち上げた。シーアの足は宙に浮き、足をばたつかせている。ビッグベアはシーアを抱え上げコンクリートの床に思いきり叩きつけた。床に転がったシーアの胸をビッグベアの足が踏みつける。あばら骨が何本かきしみ折れた。

俺は、倒れているナカジマに走り寄った。
シャツが真っ赤な血で染まっている。
「すまない。俺のせいで」
「お前のせいではない。俺はもう長くはない。死ぬ前に伝えておきたいことがある」
「救急車を呼ぶ。今は、しゃべるな」
携帯を取り出し、アップンに電話した。
「救急車って、どうやって呼ぶの・・・」
アップンがすぐに近くの私立病院に電話をして、救急車を手配してくれた。  
俺は、ナカジマを抱きかかえ階下に降り救急車を待った。

「ひいー、お願いだ、止めてくれ・・・・・・ノックは生きている、ほんとだ」
シーアの言った信じられない言葉にビッグベアは呆然とした。
ビッグベアは娘のノックは既に死んでいると半分は諦めていた。
(もう5年は経つ、ノックはほんとに生きているのか・・・・・・)目から涙があふれた。
「俺を刑務所に入れたら、二度と娘と会えないと思えよ。俺は絶対に口を割らない。俺をこのまま逃がしてくれたら、娘のノックの居場所を教えてやる」
ビッグベアがニンを見た。
(・・・・・・ノックに関しては警察にもしゃべれない何か大きな秘密があるのだろう)
「放してあげて」
シーアの目を見ながらゆっくりと言い聞かせるように言った。
「いいわ、嘘をついたら、必ずあなたをつきとめるわ。その時は、木村もビッグベアも容赦はしないわよ」
「わかったよ、必ず連絡する。クン、ついて来い」
シーアは折れたあばら骨のあたりを押さえながら車に乗り込んだ。クンが助手席に座ると車は急発進して駐車場を出て行った。

思ったより早く来た救急車にナカジマと一緒に乗った。
止血の応急処理をしている奴が俺の顔を見て、小さく顔を横に振った。
ナカジマの出血が止まらないようだ。
「もう長くはない。さっき言った通り、死ぬ前にはなしておきたいことがある」
「しっかりしてください。すぐに病院で手当てをすればなおりますよ」
「いいから聞いてくれ。俺は18で徴兵された。支那戦線を転々としながら、最後にビルマ戦線にたどり着き、インパール作戦に従事した。インパール作戦は補給を軽視した司令官の杜撰な作戦で、戦友は次々と飢えとマラリアで死んでいった。撤退する道は、本当に白骨街道だった。俺たちはサロウィン川を渡り、タイに入った。そこに小さな村があった。飢えに苦しむ俺たちは家に押し入り、食料を貪った。俺が押し入った家にはまだ若い、夫婦らしき男と女がいた。俺はそいつらを家の外に追い出し、芋を貪った。そこに、上官が夫婦を連れて入ってきた。上官は俺に殺せと命じた。上官の命令は絶対だ。俺はその夫婦を銃剣で刺し殺した・・・・・・その時、納屋から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。藁に隠されるようにして、赤ん坊が泣いていたんだ。俺は泣き叫ぶ赤ん坊を抱いた。上官は赤ん坊も殺せと命じた。俺はできなかった。上官は俺の手から赤ん坊を奪いとり、首をへし折ろうとした。咄嗟に俺は上官の胸を銃剣で突いた。
俺は逃亡し、数日後、終戦を迎えた。村に戻ると、まだ赤ん坊が生きていた。奇跡だと思った。日本に帰っても、上官を殺した罪で、軍法会議で死刑になると思った。俺は赤ん坊を連れて、バンコクで暮らし始めた」
「その赤ん坊というのは・・・・・・」
「スカンヤだ」
「・・・・・・スカンヤさんは、そのことを知っているのですか」
「誰にもはなしたことはない。死ぬ前に誰かに伝えておきたかったんだ。 頼みがある。」
「なんです」
「俺が死んだら、分骨して、半分をスラム街の港に、半分を・・・・・・故郷、広島の相生橋から太田川に流してくれ・・・・・・それがいい」  
ナカジマは静かに目を閉じ、もう二度と開かなかった。

それから一週間が過ぎた。
ニンは、カーオとプーを警察に自首させた。 カノムは何も知らず手伝わされた被害者としてすぐに釈放され、これからは本当におでん屋マイを手伝うと言って一緒に働いている。プーも事件解決を手助けしたことで恐らく情状酌量されて刑務所には入らないだろう。しかしカーオの刑務所は長くなるだろう。

「プンちゃん、スカンヤさんやビッグベアとか、皆を呼んできてよ。ナカジマさんとさよならするよ」
涙のせいか、はるか彼方の水平線に半分顔を埋めている真っ赤な夕日がにじんで見える。
夕日が作る茜色の道がそこまで来ている。
ナカジマさんの遺灰を海にまいた。
沈む真っ赤な夕日を見ながら、俺は歌った。
プンもニンもスラムの皆も一緒に歌った。

ぎん ぎん ぎら ぎら 
夕日が沈む
ぎん ぎん ぎら ぎら 
日が沈む
まっかかっか 
空の雲 
みんなのお顔もまっかっか
ぎん ぎん ぎら ぎら 
日が沈む  



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第二十五話 「第9章 悪魔の日曜日 4」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

プーがまたトイレに入り、顔を伏せて部屋に戻る。
「おい、ちょっとプーを呼んで来いよ。」
「プーにも酌をさせるの?カーオが怒るよ」クンが甘えて言うと、
「そんなのじゃあねえよ。ちょっと気になるんだ、早くプーを呼んで来いよ」
なかなか呼びに行かないクンの頬をシーアは平手で叩いた。
「早くしろ。俺は気が短けぇんだよ」
クンはびっくりして、叩かれた頬を押さえながらプーを呼びに行き、プーとカーオを連れてきた。
「プー、お前の携帯を貸してくれ」シーアが言うと、
「いやよ」プーが後ずさりした。
シーアが立ち上がり、プーに近づいて行くと、
「おい、止せよ。言っといただろ、妹には近づくなって」カーオが割って入って言った。
「わかったよ。じゃあお前、妹の携帯をチェックしてくれ。さっきからトイレの回数が多い、出てきた時、泣いたあとがある。携帯が入ったバッグを持ってトイレに入っている。おかしいじゃあねぇか。万一ってこともあるぜ」
カーオが躊躇していると、シーアはカーオを押しのけてプーに近づき、
「携帯見せてくれよ。お嬢ちゃん」シーアはプーのバッグを奪おうとした。
「いや、お兄ちゃん助けて」
「うるさい」シーアはプーの頬を叩き、バッグを奪った。プーがバッグを取り戻そうとするのをカーオが止むを得ず抑えた。
「どうやって、使うんだこれ?クン見てくれ。どっかに電話してねえか?」
シーアが携帯電話をクンに渡すと、携帯を見て操作をした。
「・・・・・・さっきメールしているわね。宛名はキムラさんへ、スクンビット、ウドムスックアパート四〇四」って送っているわ。
「いつ送っている?木村ってだれだ?」シーアはクンに確認した。
「15分前ね」
「キムラって誰だ?」 シーアは、プーを睨みつけ怒鳴りつけた。
「受信メールにキムラってあるわ。ちょっと待って、読むから・・・・・・大変、キムラってあの日本人だわ」クンは悲鳴に近い声で叫んだ。
「15分前だって。すぐにここを出るぞ。クン、プンとカノムを連れて来い」
クンは大急ぎで隣室に行きプンとカノムを連れてきた。
「カーオ、クン、急いで出て行く準備をしろ。5分以内だぞ」
シーアはそう言うと自慢のナイフを取り出し、
「裏切りものは俺が始末する」 プーに迫っていった。
シーアは、鞘からドイツ製のトレンチナイフ(戦闘用ナイフ)を抜き出した。
「そこまでだ、俺の妹に手を出すなと言っただろう」
カーオはプーの前に回りバタフライナイフをポケットから取り出し、身構えた。
二人が向き合う。
お互いに相手の動きを一瞬も見逃すまいと鋭い緊張が張り詰めている。
その時、爆音が響きドアノブが吹き飛んだ。
プラモートのコルト四十四口径が立て続けに二発、ドアノブに撃ち込まれた。
ドアが蹴り開けられ、そこから木村が物凄い速さで突撃してきた。ドアには拳銃を構えたプラモートが立っている。
木村のいきなりの進入にカーオはバタフライナイフを木村に向けて思いきり横に払ったが、バタフライナイフの先には既に木村の身体はなかった。

カーオの足元に滑り込んだ。
加速のついた足刀がカーオの脛に見事に当たり、堪らずカーオは膝をついた。すぐに起き上がっていて、カーオのナイフを蹴り落とすと、カーオの顔面に石のように固い正拳を撃ちこんだ。
「その物騒なナイフを捨てろ」プラモートはシーアに拳銃を向け、低い声で命じた。
「くそっ」シーアは怒鳴り、足元に自慢のナイフをたたきつけた。
「拳銃を捨てるのはあんただよ」クンがプンを後ろから抱えるようにして咽元に包丁を突きつけている。
プラモートが俺を見た。拳銃を捨てるように目で合図をし、首を立てに振った。
「良くやった、クン。こいつらの仲間がその辺にいるかもしれない。お前はそのガキを連れて一緒に来い」そう言うと、シーアはプラモートの拳銃を拾った。
「ガキとお前だけくればいい。他の連中は役に立たない」
クンはカーオを見つめながら拳銃を持っているシーアに従った。シーアが注意深く廊下を見たが誰もいない。
シーアは、拳銃を構えて廊下を走りその後にクンもプンを連れて走った。
直ぐにシーアを追った。プラモートにカーオを見張るように言い捨て、カーオのバタフライナイフを拾い、3人の後を猛スピードで追った。  

 



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第二十四話 「第9章 悪魔の日曜日 3」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
⇒ Amazonにて好評販売中。
https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22

梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

遊園地でプラーとプンがいなくなってから30分後に木村の携帯にメールが入ってきた。 タイ語のメールなので、後でプラモートに読んでもらった。プラーからだった。
「涙が止まらないの。ごめんね、木村さん。私はカーオの妹のプーです」と送られてきたのである。
(プーにこれ以上罪を犯させたくない、あの子は心がやさしい子だ)
俺はプーを信じてプラモートにタイ語でメールを作って送ってもらった。

プーへ
俺は、君の本当の気持ちがわかるよ。
心が痛いだろ、苦しいだろう。
君のやさしい心を信じているよ。
お金が必要なら僕の貯金を全部あげるよ。
なによりも一番大切なものは美しい顔でもない、
鍛え上げた強い身体でもない、お金でもない、
人を慈しむ気持ちとやさしい心だと思うよ。
君は誰よりもやさしい心を持っている。
僕は君の心とプンを助けてあげられるのなら
僕の命を賭してもいいと思っている。  
キムラより

木村とプラモートが出ていくと、ニンはすぐにビッグベアに、
「木村の後をつけて、フォロウして」
「承知しました」ビッグベアは直ぐに尾行を始めた。
「たぶんウドムスックよ、私達も行きましょう。アップンさんはここで待っていて、マイを見てあげて、それと警察に届ける準備をしてね」ニンはてきぱきと指示をした。
「俺も行くよ」ナカジマがビックベアの後を追った。
ウドムスックは、高架鉄道スクンビット線の東、スクンビットのソイ番号で言うと104で、はずれの方である。

カーオ達は、ウドムスックに借りた2DKのアパートにいた。カーオが電話を終えると、カーオとシーアは顔を見合わせて笑った。隣室からプーとクンが入って来た。隣室にはプンとカノムが手足と口をガムテープで縛られている。プーとクンが入って来ると入れ替わりにシーアが隣室に行った。
「今、あの日本人に電話したよ。2百万バーツを今晩中に用意するだろう。金が入ったらパタヤに別荘でも買って3人でしばらくゆっくりしよう」
カーオは二人に優しく言った。
「おにいちゃん、プンとカノムは傷つけないで返すんでしょう?シーアに約束させてね」
「そのつもりだよ、心配するな」
「油断しないでね、シーアはお金を独占するつもりよ」クンはカーオに近づきそっと囁くとカーオは驚かずに答えた、
「わかっているよ。シーアはお前が自分のものになったと思っている。あいつにとって俺の存在が邪魔になるだろう。クン、お前が俺の身を心配しているのは知っているよ」
カーオが優しくクンの肩を抱いた。

隣室には家具が何ひとつ無い。プンとカノムが手足を縛られて転がっている。
シーアがカノムに近づいて行き、
「お前、いい女だな。俺の女にならないか」
シーアはカノムの顔を頬から顎へ手の平でさすった。
カノムが顔を横に振った。シーアは嫌がるカノムを見てにやりとして、シャツの上から胸をゆっくりと下から上に撫でた。
玩ぶようにゆっくりと何回も撫でた。
カノムが上半身をよじって逃げようとすると、シーアは下腹部の上に馬乗りになった。
「乳首が立ってきたぜ」
シーアはカノムのシャツのボタンをはずした。ブラジャーをとると弾むように大きくはないが形の良い乳房が出てきた。シーアはカノムの上に覆い被さった。シーアは乳房を手で包みながら乳首の回りを舌で円を描くように舐めた。乳首を吸っているとシーアの下半身がみるみる固くなった。シーアの固くなった茎がカノムの下半身の双丘に押し付けられた。シーアはカノムの口のガムテープをはずし、唇を吸おうとした。
「イヤー」ガムテープがはずれたカノムは泣き叫んだ。
シーアの手がカノムの頬を往復する。
カノムの叫び声を聞き、隣室から3人が駆け込んできた。
「止めさせてお兄ちゃん」
「お前にもしてやるからあっちへ行っていろ」血走った目でシーアが怒鳴ると、
「今はそのくらいにしておけよ、金を受け取ったらカノムはお前の自由にしろ」カーオは落ち着いた声で言った。
シーアは何も言わずに立ち上がり、じっと見ていたプンに近づいて行った。
シーアはゆっくりと手足のガムテープをはずすと、
「お前のアソコにも指を入れてやろうか」プンを立たせるとスカートの中に手を入れようとした。
カノムが泣きながら、
「お願いその子は無事に帰してあげて。この子は父親が死に、母親に捨てられたわ。でもこの子はいつも笑顔を絶やさず道路で花売りをしていたの。お兄ちゃんも目の前で、交通事故で死んじゃったの。スラムの皆はこの子の成長を願っているの。この子の笑顔を見ていると自分もがんばろうと勇気がわくのよ。お願い皆、助けて」
カーオがシーアの肩を掴んだ。
「冗談だよ」シーアがニヤッと笑ってプンから離れた。
プーがプンの口に貼りついたガムテープをはずしてプンを抱いた。
部屋を出ようとしたシーアをプンは呼びとめた。
「おじちゃん・・・・・・」
シーアの肩の辺りにプンは優しく話しかける。
「かわいそうね、わたしのお兄ちゃんが天国に連れて行ってくれるって」
不思議そうに見つめたシーアにプンが言った。
「歯がない髪もむしられてないお姉さんがおじちゃんと一緒にいたよ、かわいそうねっていったら、お姉さんが笑ったの。そしたらお姉さんの髪がもとに戻って歯が治ってきれいなお顔になって、ありがとう・・・・・・って言ったわ」
わたしのお兄ちゃんが手をつないで連れて行ったわ。
ファイ(火)がいたのか・・・・・・プンの言葉で突然、シーアは遠い昔の出来事を思い出した。
「おいクン、ビールでも飲もう」
シーアはクンを引っ張ってその部屋をおとなしく出て行った。クンは冷蔵庫からビールを出してコップを持ってテーブルに持って行った。
「飲みましょう」クンはシーアの隣に座り、コップにビールを注ぐと、シーアはビールを一気に飲んだ。お前も飲めよ。シーアはクンのコップにもビールを注いだ。
トイレはシーアのいる部屋にある。プーが隣の部屋から入って来てトイレに行き、しばらくしてプーはトイレから出てプンのいる部屋に戻る。
シーアはクンの肩を抱いて、
「お前は俺と似ている悪党同士、仲良くやろうや、金は二人で分けよう」シーアが笑う。
ビールが三缶空いた。
 



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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